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Channel: ただの蚤助「けやぐの広場」~「けやぐ」とは友だち、仲間、親友という意味あいの津軽ことばです
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#643: あなたに起こるかも

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えてしてプロの作詞家というもの、ラヴソングを書くにしてもストレートな表現はしたくないものらしい。早い話が、“I Love You”と意思表示するにしても、それに代わるさまざまな表現をすることが腕の見せどころとばかりに、いろいろと持ってまわった表現をするわけだ。
加山雄三『お嫁においで』(作詞・岩谷時子)とか、新沼謙治『嫁に来ないか』(作詞・阿久悠)などの歌詞は、プロの作詞家としてはきっと直截過ぎて野暮なのだ…。なんちゃって、両先生、ごめんなさい!(笑)。

#639(恋の気持ちで)の稿で触れたジョニー・バーク&ジミー・ヴァン・ヒューゼンの代表作のひとつ“It Could Happen To You”(あなたに起こるかも)なんて歌は、あまりピンとこないタイトルである。
最初の4小節ほどは“My Foolish Heart”(ネッド・ワシントン作詞、ヴィクター・ヤング作曲)と同じコード進行を使っているようだが、曲自体はメロディ作りに独特の気品と哀感を備えていたヴァン・ヒューゼンらしい美しいバラードである。
ピンとこないのはジョニー・バークの歌詞のせいだろう。

IT COULD HAPPEN TO YOU (1944)
(Words by Johnny Burke/Music by Jimmy Van Heusen)

Hide your heart from sight, lock your dreams at night
It could happen to you
Don't count stars or you might stumble
Someone drops a sigh and down you tumble
Keep an eye on spring, run when church bells ring
It could happen to you
All I did was wonder how your arms would be
And it could happen to me…
歌詞は命令形になっているが、これを原文通り忠実に命令形で訳してしまうと意味が分からなくなるという不思議な内容である。
確かに空を見上げて星を数えながら歩いたりすると、けつまづいてしまうこと必至だろうが、だからといって、すんなりと歌の内容を理解するのは難しい。蚤助の手に余るところだ。
ここは命令形ではなく、“You'd”が省略されているものと考えてみた。

心の内を隠してしまったり 夜みる夢に鍵をかけてしまったり
そんなことがあなたに起こるかも
星を数えてはだめ さもないと躓いたり
誰かがため息をつくと 転んでしまったり
春に眠れなかったり 教会の鐘が鳴ると走り出したり
そんなことがあなたに起こるかも
あなたの腕に抱かれたらって 思ってみただけなのに
それが私に起こってしまった…
詩的なセンスに乏しいので、これでもわかりにくいが、おおよそ「何だか変、今までなかった症状が出てきてしまった。原因は分からないけれども、誰にも起こるかもしれない。私はただあなたのことを考えただけなのに」てな感じの内容だろうか。
要は「ムードに任せて恋なんかしたら、その先にどんなことが待っているかわからないでしょう?」という内容なのだが、最後は「私は想像しただけ、あなたの腕に抱かれたらどんなだろうって、そしたらそれが私に起こってしまった」と言っている。ありゃりゃ、結局、この歌が言いたいのは「恋しちゃった」と遠回しなオノロケだったってことか…(笑)。
というわけで、これは、恋心を持ってまわった言い方で表現した代表格のような歌だといってよいかもしれない。

44年の映画“And The Angels Sing”の挿入歌として書かれたもので、エンジェルズという4姉妹コーラス・グループを巡る恋物語だったそうだ。劇中、ドロシー・ラムーアとフレッド・マクマレイが歌ったという。
映画の公開後、パイド・パイパーズを抜けてソロ歌手となって間もないジョー・スタッフォードが録音、これがヒットし、広く世に知られるようになった。


ヴォーカルでは絶対はずせないジューン・クリスティ。52年にスタン・ケントン楽団から独立、ソロ活動を開始、ピート・ルゴロのアレンジでモノラルで録音した名盤“Something Cool”から。55年にLP化され、さらに60年にはステレオで再録音したほど世評名高い歌唱だ。クール・ヴォイスの彼女の歌声は、ハスキーだけど明るく溌剌としていて、重々しくならないところが持ち味、ここでは本来バラードで歌われるナンバーを思い切ったスイング・スタイルで歌っているところがミソである。


インストでは、ジャズの即興演奏の醍醐味を味わえるということで、二つのソロ・ヴァージョンを聴き比べてほしい。この二人の語り口が際立っているところが聴きどころである。まずは、ピアノのバド・パウエル。全盛期51年の演奏である。弾いている本人自身がご機嫌だったようだ。



続いてソニー・ロリンズ。無伴奏のまま3分40秒、朗々とテナーを吹き続ける。絶対に隙を見せない剣豪のような演奏である。57年の録音で、この後、彼は2度目の隠遁生活に入るのだが、隙を見せない武芸者的生活から逃れて休憩したくなる気持ちもわからなくはない…。


最後は、マイルス・デイヴィスのオリジナル・クインテットのアルバム“Relaxin'”(56)から。マイルスはミュートでメロディをカリカチュアしながら走り抜け、ジョン・コルトレーン、レッド・ガーランドのソロを挟んで、最後にマイルスがまたチョコンと締めて一丁上がりだ。リラックスした雰囲気の中にも緊張とスリルをはらんだ名演だ。


“It Could Happen To You”(あなたに起こるかも)というのは、なかなか含蓄のある言い方だ。この歌のように「起こる」のが「恋心」だったらいいのだが、年齢とともに起こる可能性が大きくなるのは「恋心」でないのが残念だ。

ときめきにかえて起こった不整脈  蚤助

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