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Channel: ただの蚤助「けやぐの広場」~「けやぐ」とは友だち、仲間、親友という意味あいの津軽ことばです
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#612: Waltz For Debby

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前稿で器楽曲として作られた作品が有名になって歌詞がつけられた“Shiny Stockings”をテーマにした。ついでに似たような例をもうひとつ挙げておこう。以前、こちらで、取り上げたことがある“Waltz For Debby”である。

日本で特に人気の高いピアニストの一人がビル・エヴァンス(1929‐1980)だが、この曲は、ジャズ・スタンダード中でも大変に人気のあるナンバーである。1956年の初リーダーアルバム『NEW JAZZ CONCEPTION』でスケッチ風にソロ演奏したものが最初である。エヴァンスの兄の娘(姪)のデビーのために書いたものだ。何度も録音しているが、中でもこの曲をアルバムタイトルにしたヴィレッジ・ヴァンガードでのライヴ盤(1961)の演奏が最も有名である。女性のシルエットをモチーフにしたアルバム・ジャケットも人気の一因であろう。


(Bill Evans Trio/Waltz For Debby)
このライヴ(6月25日)の日から11日後(7月6日)にエヴァンスの相棒で盟友だったベーシスト、スコット・ラファロが交通事故で他界してしまう。天才的なベース奏者であったラファロの遺作としての価値も高いアルバムである。残念ながらラファロとの共演の動画は残されていないようだが、ラファロの後任チャック・イスラエルと演った“Waltz For Debby”があるのでこちらで聴いていただこう。65年のロンドンにおけるライヴだと思われる。アルバムの方もそうだが、前奏はタイトル通りワルツ・タイム、インテンポに入るとフォービートになるのが特徴で、ドラマーのラリー・バンカーは全編ブラッシュでプレイしている。

メロディはプリティで親しみやすく、可憐であり、いかにもエヴァンスらしいリリカルでデリケートな美しさと心地よい躍動感を持っている曲である。この曲に詞をつけたのは、エヴァンスの親友であったジーン・リース。

In her own sweet world populated by dolls and clowns
And a prince and a big purple bear
Lives my favorite girl / Unaware of the worried frowns
We weary grown ups all wear…

その子のかわいい世界には 人形とピエロ
王子様や大きな紫色のクマがいる
そんな世界に住む僕の大好きなその子は
僕たち大人が身につけた疲れ切ったしかめ面など知る由もない…
以下、「太陽の下で、聞こえぬ調べに舞い、金で紡がれた歌を歌う、それはどこか小さな頭の中にあるもの、けれどいつの日か、あっという間に大人になって、人形や王子様、年老いたクマを手放してしまうだろう、彼女が“さようなら”とつぶやいて去っていくとき、置き去りにされた人形たちは涙を流すだろう、けれど、彼女との別れを悲しむ人形たちを心配する僕の方こそ誰よりも寂しくなるに違いない…」と続く。

この歌詞は、他愛がなくてつまらないという批評もあるのだが、子供の成長を見守る肉親の心情が淡いペーソスとともに綴られていて悪くない。最初に、この曲を歌ったのは1964年のジョニー・ハートマンとされているが、同年、スウェーデンを楽旅したエヴァンスが、同国の女性歌手モニカ・ゼタールンドとともに録音したものが異色の名盤として有名になった(こちら)。


(Monica Zetterlund & Bill Evans/Waltz For Debby)
ここでは“Monica's Vals”(モニカのワルツ)としてスウェーデン語で歌われている。「エンケル、バッケル、アー」と歌いだされる(と聞こえる)が、この歌詞は英語詞とは趣きが違ってているようだ。こちらの作詞者はよくわからないが、何を歌っているのかチンプンカンプン。インターネットで検索してみたら、こんな内容を歌っているそうだ。

「シンプルで美しく優しい、それが私のワルツのメロディ、私のワルツのファンタジー、夢の中で歌う、昇る朝日が窓を通して家中に絵を描く、単なる一日が美しい一日となり、新しい世界が来ることを知る、このシンプルで美しく優しいワルツが、二人で過ごした秋と冬を思い出させる、そして今、二人の夏はこのワルツとともにいつまでも…」

ジーン・リースは、ジャーナリスト、雑誌「ダウンビート」の編集者を経て、60年代初めから作詞を始めた。音楽評論、伝記作家の一面もあり、おまけにジャズ歌手としてアルバムも出している。ボサノヴァの泰斗アントニオ・カルロス・ジョビンとの関係は有名である。ポルトガル語で書かれたジョビンの歌詞を、数多く英語詞にしている。もっとも知られているのは、“Corcovado”を“Quiet Nights Of Quiet Stars”として世に出したことであろう。ボサノヴァが英語に訳されることによって世界的なものになったと考えると、ジーン・リースはジャズ、ボサノヴァにとって大きな貢献をした人といえるかもしれない。

ということで、このジーン・リースの歌詞で歌う男女の歌手がピアノ伴奏だけで歌ったものを一人づつ紹介して、この稿を終えたい。

まずは、トニー・ベネットが作曲者エヴァンスのピアノの伴奏で歌ったもの、75年の録音(こちら)。二人ともまだ40代の男盛りであった。もうひとつ、マンハッタン・トランスファーの女性メンバー、シェリル・ベンティーンの歌(こちら)。ピアノの伴奏はケニー・バロン、これもファンタスティックでいいね(04年録音)。“Waltz For Debby”は、今から5〜6年前になるだろうか、日産自動車のCMソングとしてメディアに登場したので驚いた記憶がある。歌っていたのは、ジャズ・シンガーの土岐麻子だった。

なお、56年にエヴァンスに曲を捧げてもらった姪っ子のデビーちゃんは当時2歳だったというから、現在はもう還暦ということになるわけだ。なんだ、蚤助と同世代じゃん(笑)。

火の車知らず欠伸をしている子(蚤助)

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