映画監督ビリー・ワイルダーの1940年代の作品のほとんどを、ワイルダーと共同で脚本を書き、製作も担当したのがチャールズ・ブラケットである。
以前、登場した『ナイアガラ』や『失われた週末』のシナリオも彼の手によるものだった。
特に、前者の監督はヘンリー・ハサウェイだったが、今回登場するのもやはりハサウェイが監督し、そのブラケットが製作した西部劇『悪の花園』(GARDEN OF EVIL‐1954)である。
西部劇としては何だか違和感があるタイトルだが、映画の舞台となる先住民のアパッチが名づけたという火山地帯のことである。
この作品、ゲーリー・クーパー、スーザン・ヘイワード、リチャード・ウィドマークというトップスターが共演した作品だが、ハサウェイの演出がいつもの如く半端でB級のテイストになってしまうのが、個人的にはとても残念である。
結構泣かせるセリフが出てくるのでなおさら惜しい感じがするのだ。
脚本はフランク・フェントン。
♪♪♪♪♪♪
元保安官のゲーリー・クーパー、ギャンブラーのリチャード・ウィドマーク、ケチなやくざのキャメロン・ミッチェルは、カリフォルニアの金鉱をめざして乗った船がトラブルで、メキシコのある海岸の町に上陸する。
早速酒場を見つけると、そこで歌っているのがリタ・モレノ。
後に『ウエストサイド物語』(1961)のアニタという当たり役で、日本でも一気に人気が高まった。
アニタは汚れ役だったが、『王様と私』(1956)でのタプティム役は可愛らしかったし、ここでもなかなか初々しい歌声を聴かせる。
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(リタ・モレノ)
リタ・モレノの歌を聴きながらウィドマークがクーパーとこんな会話をする。
「美女の歌は世界中で通じる」
「美女でないと?」
「ただの騒音だ」
「誰かが言った。女の言葉は信じるな。だが、女の歌は信じろ、と」
「誰の言葉だ?」
「俺」
そこへスーザン・ヘイワードが金山の落盤事故にあった夫を助けて欲しいと飛び込んでくる。
一人2000ドルの謝礼に釣られるように、メキシコ人のヴィクトル・マヌエル・メンドーサを加えた4人で出かけることにする。
危険な山道を通り鉱山に向かう一行は途中、破壊された集落で野営するが、そこにはアパッチの痕跡が残っていた。
ヘイワードは、鉱山の周辺は火山の噴火で埋まっていること、アパッチが「悪の花園」と呼ぶ一帯であることを告げる。
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(ゲーリー・クーパーとスーザン・ヘイワード)
ようやく金山に着いて、坑道からヘイワードの夫ヒュー・マーロウを救出し手当てをするが、アパッチの襲撃の兆候を知り、夜陰にまぎれて出発する。
逃げる途中、キャメロンがマーロウを足手まといに思い始め、口論、マーロウは自ら一行から離れて行く。
キャメロンがマーロウを切り捨てた形になった直後、彼の背にアパッチの矢が当たり命を落とす。
マーロウの行方を探す一行は、やがてアパッチに殺された彼の遺体を発見する。
さらにアパッチの攻撃を受けてメンドーサが死に、残った三人は反撃しながら逃亡を続ける。
迎撃に適した場所を見つけたクーパーは、一人残ってヘイワースとウィドマークを逃がそうとするが、ウィドマークはカード勝負で決めると言って、ウィドマークが残ることになる。
クーパーはヘイワースを安全な場所に連れて行ったあと引き返す。
ウィドマークがイカサマをしたことを知ったからである。
クーパーが現元の場所に着くと、ウィドマークは撃たれて虫の息の状態であった。
そして実に気障なセリフを吐いて死ぬのである。
「太陽が沈む。毎日のように誰かを道連れにしてな。今日は俺だ」
(リチャード・ウィドマーク)
少し広い額と歪んだ口元、白い歯をのぞかせてハイエナのようにけたけた笑う。
決して死にそうにもないタフな悪党ぶりが際立ったウィドマークだったが、実生活において愛娘が肩身の狭い思いをしないよう気をつかって、次第に善玉の方に回ることが多くなった。
このギャンブラー役は、西部劇俳優、性格俳優としてのウィドマークの真骨頂を示したはまり役であろう。
クーパーは、夕陽の中、ヘイワードとともに帰途につく。
ラストのクーパーの独白もまた泣かせる。
「大地が金だったら、ひと握りの土のために、人は殺し合うのだろう」
♪♪♪♪♪♪
この西部劇、ミッチェル、マーロウ、メンドーサ、ウィドマークの順に死んでいき、最後にクーパーとヘイワードが生き残る。
映画の公開当時、出演料の安い順番に死ぬと言った人がいたらしいが、メンドーサを除けば確かに定石通りのハリウッド流スター・システムをはずさない作品といえるだろう(笑)。
ただ、クーパーはどちらかといえばお疲れ気味でボサッと突っ立っているだけの印象で、その分ウィドマークがもうけ役だったことは間違いない。
それでも、ハサウェイらしく異国情緒あふれる情景は素晴らしいし、断崖絶壁の道を馬が駆け抜ける場面や銃撃戦はなかなかスリルに富んでいたと思う。
最後に、シナリオ、あるいは演出上の難点をひとつ。
ヘイワードが一行を金山に案内するまで少なくとも5日以上かかっているので、マーロウが落盤事故にあってから、一行が救出に向かい彼を救出するまでには少なくとも相当な日数が経過しているはずである。
その間、飲まず食わずで坑道に閉じ込められていたにしてはマーロウは骨折していた程度で、そんなに衰弱してなかったジャン…(笑)。
♪♪♪♪♪♪
本日の一句
「金で済むはずのことだがそれがない」(蚤助)
以前、登場した『ナイアガラ』や『失われた週末』のシナリオも彼の手によるものだった。
特に、前者の監督はヘンリー・ハサウェイだったが、今回登場するのもやはりハサウェイが監督し、そのブラケットが製作した西部劇『悪の花園』(GARDEN OF EVIL‐1954)である。
西部劇としては何だか違和感があるタイトルだが、映画の舞台となる先住民のアパッチが名づけたという火山地帯のことである。
この作品、ゲーリー・クーパー、スーザン・ヘイワード、リチャード・ウィドマークというトップスターが共演した作品だが、ハサウェイの演出がいつもの如く半端でB級のテイストになってしまうのが、個人的にはとても残念である。
結構泣かせるセリフが出てくるのでなおさら惜しい感じがするのだ。
脚本はフランク・フェントン。
♪♪♪♪♪♪
元保安官のゲーリー・クーパー、ギャンブラーのリチャード・ウィドマーク、ケチなやくざのキャメロン・ミッチェルは、カリフォルニアの金鉱をめざして乗った船がトラブルで、メキシコのある海岸の町に上陸する。
早速酒場を見つけると、そこで歌っているのがリタ・モレノ。
後に『ウエストサイド物語』(1961)のアニタという当たり役で、日本でも一気に人気が高まった。
アニタは汚れ役だったが、『王様と私』(1956)でのタプティム役は可愛らしかったし、ここでもなかなか初々しい歌声を聴かせる。

(リタ・モレノ)
リタ・モレノの歌を聴きながらウィドマークがクーパーとこんな会話をする。
「美女の歌は世界中で通じる」
「美女でないと?」
「ただの騒音だ」
「誰かが言った。女の言葉は信じるな。だが、女の歌は信じろ、と」
「誰の言葉だ?」
「俺」
そこへスーザン・ヘイワードが金山の落盤事故にあった夫を助けて欲しいと飛び込んでくる。
一人2000ドルの謝礼に釣られるように、メキシコ人のヴィクトル・マヌエル・メンドーサを加えた4人で出かけることにする。
危険な山道を通り鉱山に向かう一行は途中、破壊された集落で野営するが、そこにはアパッチの痕跡が残っていた。
ヘイワードは、鉱山の周辺は火山の噴火で埋まっていること、アパッチが「悪の花園」と呼ぶ一帯であることを告げる。

(ゲーリー・クーパーとスーザン・ヘイワード)
ようやく金山に着いて、坑道からヘイワードの夫ヒュー・マーロウを救出し手当てをするが、アパッチの襲撃の兆候を知り、夜陰にまぎれて出発する。
逃げる途中、キャメロンがマーロウを足手まといに思い始め、口論、マーロウは自ら一行から離れて行く。
キャメロンがマーロウを切り捨てた形になった直後、彼の背にアパッチの矢が当たり命を落とす。
マーロウの行方を探す一行は、やがてアパッチに殺された彼の遺体を発見する。
さらにアパッチの攻撃を受けてメンドーサが死に、残った三人は反撃しながら逃亡を続ける。
迎撃に適した場所を見つけたクーパーは、一人残ってヘイワースとウィドマークを逃がそうとするが、ウィドマークはカード勝負で決めると言って、ウィドマークが残ることになる。
クーパーはヘイワースを安全な場所に連れて行ったあと引き返す。
ウィドマークがイカサマをしたことを知ったからである。
クーパーが現元の場所に着くと、ウィドマークは撃たれて虫の息の状態であった。
そして実に気障なセリフを吐いて死ぬのである。
「太陽が沈む。毎日のように誰かを道連れにしてな。今日は俺だ」

少し広い額と歪んだ口元、白い歯をのぞかせてハイエナのようにけたけた笑う。
決して死にそうにもないタフな悪党ぶりが際立ったウィドマークだったが、実生活において愛娘が肩身の狭い思いをしないよう気をつかって、次第に善玉の方に回ることが多くなった。
このギャンブラー役は、西部劇俳優、性格俳優としてのウィドマークの真骨頂を示したはまり役であろう。
クーパーは、夕陽の中、ヘイワードとともに帰途につく。
ラストのクーパーの独白もまた泣かせる。
「大地が金だったら、ひと握りの土のために、人は殺し合うのだろう」
♪♪♪♪♪♪
この西部劇、ミッチェル、マーロウ、メンドーサ、ウィドマークの順に死んでいき、最後にクーパーとヘイワードが生き残る。
映画の公開当時、出演料の安い順番に死ぬと言った人がいたらしいが、メンドーサを除けば確かに定石通りのハリウッド流スター・システムをはずさない作品といえるだろう(笑)。
ただ、クーパーはどちらかといえばお疲れ気味でボサッと突っ立っているだけの印象で、その分ウィドマークがもうけ役だったことは間違いない。
それでも、ハサウェイらしく異国情緒あふれる情景は素晴らしいし、断崖絶壁の道を馬が駆け抜ける場面や銃撃戦はなかなかスリルに富んでいたと思う。
最後に、シナリオ、あるいは演出上の難点をひとつ。
ヘイワードが一行を金山に案内するまで少なくとも5日以上かかっているので、マーロウが落盤事故にあってから、一行が救出に向かい彼を救出するまでには少なくとも相当な日数が経過しているはずである。
その間、飲まず食わずで坑道に閉じ込められていたにしてはマーロウは骨折していた程度で、そんなに衰弱してなかったジャン…(笑)。
♪♪♪♪♪♪
本日の一句
「金で済むはずのことだがそれがない」(蚤助)