梅雨も明けていよいよ夏休みである。しかし、学期末になると学業成績や出欠状況などを学校から家庭に知らせる通信簿。当時は嫌な存在だったが、今となっては何だか懐かしいと思えるから不思議だ(笑)。
♪
通信簿の連想から脳裏に浮かぶ曲がある。サム・クックが歌った“Wonderful World”だ。学科のことはよく分からないけど、君のことが好きだってことは分かってる…だってさ。
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(Sam Cooke)
WONDERFUL WORLD
(Words & Music by Barbara Campbell)
Don't know much about history
Don't know much about biology
Don't know much about a science book
Don't know much about the French I took
But I do know that I love you
And I know that if you love me too,
What a wonderful world this would be...
歴史なんかよく知らない
生物なんかよく知らない
科学の本なんかよく知らない
専攻のフランス語なんかよく知らない
でも君が好きだってことは知ってるさ
君も僕が好きならば どんな素敵な世界になるだろう...
「歴史、生物、フランス語、地理、三角法(trigonometry)、代数(algebra)、計算尺(slide rule)など、とにかく勉強はわからないけど、君が好きなことは分かっている。そして、もし君も僕を好きになってくれたら、世界は何て素晴らしくなるかってこともよく分かっているんだ」と、けなげな少年の心情をサム・クックが独特のやや枯れた声で歌う(こちら)。
サム・クックは、ゴスペル歌手からR&B歌手に転向して数々のヒット曲を出した。作詞作曲、音楽出版、レコード会社経営と幅広く活躍し、ブラックミュージックの隆盛に貢献した一人である。また、公民権運動にも強い関心を持っていたアーティストでもあった。
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“Wonderful World”は、1960年のヒットだが、このヒット曲を書いたバーバラ・キャンベルというのは架空の人物で、“Only Sixteen”などサムとルー・アドラーとハーブ・アルパートが共作したときだけ使用されたペンネームだった。サムがRCAレコードに移籍する直前のことで、これがバーバラ名義で書かれた最後の作品となった。チーム解消後、アドラーはダンヒル・レコードを設立、アルパートもA&Mを設立しやがてティファナ・ブラスを率いて自らも人気アーティストとなるのである。
サムは58年に音楽出版社を設立していた。これまで何度も書いたことだが、当時黒人のアーティストは、曲を作りそれがヒットしても満足な対価を得られず、白人社会に「搾取」されるのが常識だった。そんな世界に、自らの著作権を管理しようとしたのは画期的なことであった。
この歌の内容は、学生の恋の歌だが、歌詞の内容をよく見ると決して劣等生の歌ではないことがわかる。それはサムが黒人でしかも公民権運動に積極的に関わっていたことと無縁ではない。「歴史なんかよく知らない」というのは、当時のアメリカ社会の公民権運動の波の中で考えると、別の意味をもっているかもしれない。優秀な有色人種は白人優位のアメリカ社会では忌避される風土があった。白人にとっては言葉通りのラヴソングでも、当時の有色人種の人々にとっては、別の意味を持つ背景があったのだ。
この作品にはこういう歌詞がでてくる。
I don't know claim to be an“A”student
But I'm tryin' to be
For maybe by being an“A”student, baby
I can win your love for me
優等生にしてほしいとは言わない
でもそうなろうと頑張っているんだ
優等生になれたら 君の愛を勝ち取れるんじゃないかなって
この部分に彼の人種の違いを超えた相互理解へのメッセージが込められているような気がする。いささか深読みかもしれないが、この“you”というのは白人に向けられたのではないかと思う。つまり、恋する相手は白人の女の子なのではないか。加えて「“我々だって”歴史、生物、科学、フランス語、地理、三角法、代数も学ばなければ素敵な世界にならない」というメッセージも込められているのではなかろうか。若い恋は、相手に自分を必要以上に良く見せようとするものだ。その気持ちは素直に伝わってくるし、シンプルな中にも深い意味が込められている歌詞だ。サム・クックというアーティストの才気がよく現れていると思う。ストレートなラヴソングだが、決して単なるアホ学生の歌でないのはお分かりか(笑)。
♪ ♪
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話が一気に飛ぶが、85年に公開された『刑事ジョン・ブック/目撃者』(Witness−ピーター・ウィアー監督)は、凶悪事件ばかり追いかけている都会の刑事が、刑事殺しの目撃者となったアーミッシュの少年とその母親を守ろうとして格闘するサスペンス映画である。刑事は捜査の過程で、アーミッシュと呼ばれるアメリカの社会の中でいまだに産業革命以前の生活をしている特殊な共同体を知り彼らとの交流を始める。そうした姿を描いたヒューマンドラマでもあった。キリスト教の非主流派として前近代的な生活を営むアーミッシュの人々の生活や文化を広く紹介した作品として知られる。蚤助もこの映画で初めてアーミッシュの存在を知った。
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近年は爺さまの役柄が多いハリソン・フォードのまだまだ若々しい姿が拝めるし、ストイックで静謐な母親の役柄のケリー・マクギリスの好演などなかなか秀れた作品であったが、実はこの映画の美しいラヴ・シーンの場面にこの“Wonderful World”が流れるのだ。
アーミッシュの村に住むことになった刑事ジョン・ブック(フォード)がある夜、自分が乗ってきた自動車の修理をしている。そこにマクギリスがお茶か何かを持ってくる。お互いにぎこちない。そのとき、カーラジオから聞こえてくるのが、“I know that if you love me too, what a wonderful world this would be”というサム・クックの歌声。二人の間にあった心の壁をやさしく崩していく。自分の素直な気持ちを相手に伝えることをためらっていた二人が、カーラジオから流れてくるラヴ・ソングに誘われて心を開き、いつの間にか踊り出す。身体と身体を微妙に寄せ合う。唇が触れ合いそうになるのだが、キスまで至らない。実に絶妙のラヴ・シーンであった。
“Wonderful World”がリリースされた60年代の初め、オーストラリアで高校生活を送ったピーター・ウィアー監督は、きっとこの歌が好きだったことは間違いない。
サムの衝撃的な死の翌年(65年)にハーマンズ・ハーミッツとオーティス・レディング、78年にポール・サイモン&アート・ガーファンクル&ジェームズ・テイラーという三人によるコーラス・ヴァージョンがリバイバル・ヒットしている。各々の個性を発揮したカヴァーばかりだが、とりわけオーティス版は聴きものである。
♪ ♪ ♪
ということで、善男善女のみなさま、学期末にはこういうご経験はなかったかな。
通信簿帰りづらくて遠回り 蚤助
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通信簿の連想から脳裏に浮かぶ曲がある。サム・クックが歌った“Wonderful World”だ。学科のことはよく分からないけど、君のことが好きだってことは分かってる…だってさ。

(Sam Cooke)
WONDERFUL WORLD
(Words & Music by Barbara Campbell)
Don't know much about history
Don't know much about biology
Don't know much about a science book
Don't know much about the French I took
But I do know that I love you
And I know that if you love me too,
What a wonderful world this would be...
歴史なんかよく知らない
生物なんかよく知らない
科学の本なんかよく知らない
専攻のフランス語なんかよく知らない
でも君が好きだってことは知ってるさ
君も僕が好きならば どんな素敵な世界になるだろう...
「歴史、生物、フランス語、地理、三角法(trigonometry)、代数(algebra)、計算尺(slide rule)など、とにかく勉強はわからないけど、君が好きなことは分かっている。そして、もし君も僕を好きになってくれたら、世界は何て素晴らしくなるかってこともよく分かっているんだ」と、けなげな少年の心情をサム・クックが独特のやや枯れた声で歌う(こちら)。
サム・クックは、ゴスペル歌手からR&B歌手に転向して数々のヒット曲を出した。作詞作曲、音楽出版、レコード会社経営と幅広く活躍し、ブラックミュージックの隆盛に貢献した一人である。また、公民権運動にも強い関心を持っていたアーティストでもあった。

“Wonderful World”は、1960年のヒットだが、このヒット曲を書いたバーバラ・キャンベルというのは架空の人物で、“Only Sixteen”などサムとルー・アドラーとハーブ・アルパートが共作したときだけ使用されたペンネームだった。サムがRCAレコードに移籍する直前のことで、これがバーバラ名義で書かれた最後の作品となった。チーム解消後、アドラーはダンヒル・レコードを設立、アルパートもA&Mを設立しやがてティファナ・ブラスを率いて自らも人気アーティストとなるのである。
サムは58年に音楽出版社を設立していた。これまで何度も書いたことだが、当時黒人のアーティストは、曲を作りそれがヒットしても満足な対価を得られず、白人社会に「搾取」されるのが常識だった。そんな世界に、自らの著作権を管理しようとしたのは画期的なことであった。
この歌の内容は、学生の恋の歌だが、歌詞の内容をよく見ると決して劣等生の歌ではないことがわかる。それはサムが黒人でしかも公民権運動に積極的に関わっていたことと無縁ではない。「歴史なんかよく知らない」というのは、当時のアメリカ社会の公民権運動の波の中で考えると、別の意味をもっているかもしれない。優秀な有色人種は白人優位のアメリカ社会では忌避される風土があった。白人にとっては言葉通りのラヴソングでも、当時の有色人種の人々にとっては、別の意味を持つ背景があったのだ。
この作品にはこういう歌詞がでてくる。
I don't know claim to be an“A”student
But I'm tryin' to be
For maybe by being an“A”student, baby
I can win your love for me
優等生にしてほしいとは言わない
でもそうなろうと頑張っているんだ
優等生になれたら 君の愛を勝ち取れるんじゃないかなって
この部分に彼の人種の違いを超えた相互理解へのメッセージが込められているような気がする。いささか深読みかもしれないが、この“you”というのは白人に向けられたのではないかと思う。つまり、恋する相手は白人の女の子なのではないか。加えて「“我々だって”歴史、生物、科学、フランス語、地理、三角法、代数も学ばなければ素敵な世界にならない」というメッセージも込められているのではなかろうか。若い恋は、相手に自分を必要以上に良く見せようとするものだ。その気持ちは素直に伝わってくるし、シンプルな中にも深い意味が込められている歌詞だ。サム・クックというアーティストの才気がよく現れていると思う。ストレートなラヴソングだが、決して単なるアホ学生の歌でないのはお分かりか(笑)。
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話が一気に飛ぶが、85年に公開された『刑事ジョン・ブック/目撃者』(Witness−ピーター・ウィアー監督)は、凶悪事件ばかり追いかけている都会の刑事が、刑事殺しの目撃者となったアーミッシュの少年とその母親を守ろうとして格闘するサスペンス映画である。刑事は捜査の過程で、アーミッシュと呼ばれるアメリカの社会の中でいまだに産業革命以前の生活をしている特殊な共同体を知り彼らとの交流を始める。そうした姿を描いたヒューマンドラマでもあった。キリスト教の非主流派として前近代的な生活を営むアーミッシュの人々の生活や文化を広く紹介した作品として知られる。蚤助もこの映画で初めてアーミッシュの存在を知った。

近年は爺さまの役柄が多いハリソン・フォードのまだまだ若々しい姿が拝めるし、ストイックで静謐な母親の役柄のケリー・マクギリスの好演などなかなか秀れた作品であったが、実はこの映画の美しいラヴ・シーンの場面にこの“Wonderful World”が流れるのだ。
アーミッシュの村に住むことになった刑事ジョン・ブック(フォード)がある夜、自分が乗ってきた自動車の修理をしている。そこにマクギリスがお茶か何かを持ってくる。お互いにぎこちない。そのとき、カーラジオから聞こえてくるのが、“I know that if you love me too, what a wonderful world this would be”というサム・クックの歌声。二人の間にあった心の壁をやさしく崩していく。自分の素直な気持ちを相手に伝えることをためらっていた二人が、カーラジオから流れてくるラヴ・ソングに誘われて心を開き、いつの間にか踊り出す。身体と身体を微妙に寄せ合う。唇が触れ合いそうになるのだが、キスまで至らない。実に絶妙のラヴ・シーンであった。
“Wonderful World”がリリースされた60年代の初め、オーストラリアで高校生活を送ったピーター・ウィアー監督は、きっとこの歌が好きだったことは間違いない。
サムの衝撃的な死の翌年(65年)にハーマンズ・ハーミッツとオーティス・レディング、78年にポール・サイモン&アート・ガーファンクル&ジェームズ・テイラーという三人によるコーラス・ヴァージョンがリバイバル・ヒットしている。各々の個性を発揮したカヴァーばかりだが、とりわけオーティス版は聴きものである。
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ということで、善男善女のみなさま、学期末にはこういうご経験はなかったかな。
通信簿帰りづらくて遠回り 蚤助