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Channel: ただの蚤助「けやぐの広場」~「けやぐ」とは友だち、仲間、親友という意味あいの津軽ことばです
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#658: 彼女の顔に慣れてきた

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連想ゲームみたいだが、前稿でレックス・ハリソンが出てきたので、『マイ・フェア・レディ』(My Fair Lady)を避けて通るわけにはいかなくなった。
彼は舞台と映画を行き来した名優で『マイ・フェア・レディ』のヒギンス教授役が大当たりし、本職の歌手ではないのにミュージカルでもV.I.Pとなった。

『マイ・フェア・レディ』は、ジョージ・バーナード・ショウの舞台劇『ピグマリオン』をミュージカル化した作品である。
原作の『ピグマリオン』という芝居は観たことがなかったのだが、先般、NHKのBSプレミアムで、石原さとみ、平岳大、小堺一機らが出演した舞台公演が放送され、初めて観る機会を得たが、なかなか洒落たロマンス喜劇という趣であった。
『マイ・フェア・レディ』は、原作戯曲『ピグマリオン』の翻案というよりも、ほぼ忠実なミュージカル化であったということがよく理解できた。

『マイ・フェア・レディ』は、オードリー・ヘプバーンがヒロインを演じた64年の映画版(ジョージ・キューカー監督)で知られているが、オリジナルの舞台は56年にブロードウェイで幕を開け、足かけ7年間2717回のロングランを続ける大ヒット作だった。
台本・作詞のアラン・ジェイ・ラーナーとフレデリック・ロウのコンビ、すなわちラーナー=ロウによる代表的なミュージカルである。
ブロードウェイにおけるオリジナル・キャストの花売り娘イライザ役にはジュリー・アンドリュースが抜擢され、これが彼女の出世作となった。
レックス・ハリソンはブロードウェイでもヒギンス教授に扮して大評判だったのである。

このミュージカルにも素晴らしい佳曲が揃っていたが、中でも、“I Could Have Danced All Night”(踊り明かそう)が最もポピュラーな曲であろう。
オリジナルの舞台ではショウ・ストッパーの役割を果たしたナンバーに違いない。
このほか“On The Street Where You Live”(君住む街角)や、“With A Litlle Bit Of Luck”(運がよけりゃ)、“Get Me To The Church On Time”(時間通りに教会へ)、“Wouldn't It Be Loverly”(素敵じゃないこと)などもかなりの名曲である。
だが、ミュージカルの幕切れ近くにレックス・ハリソンによって歌われる(語られると言った方がいいか?)“I've Grown Accustomed To Her Face”(彼女の顔に慣れてきた)というナンバーが傑作だと思う。
余談だが、蚤助は、このタイトルによって“be accustomed to~”が「~に慣れている」という意味の成語だと知ったのである(笑)。
日本語にすると奇妙なタイトルだけれども、おそらくこの歌が独立した曲としてもっとも多くの歌手やミュージシャンに取り上げられたのではないだろうか。その次が多分“On The Street Where You live”あたりだろうか。

ハリソンが扮したヒギンス教授という言語学者がロンドンの下町訛り(コックニー訛り)の花売り娘の言葉を矯正し、本物のレディに仕立て上げる物語である。教授は教育中にいつの間にか娘を好きになっている。やや偏屈な教授なので、愛したとか好きになったとか言えずに、彼女の顔に慣れてきたと言うわけだ。

この作品のヒギンス教授の最後のセリフを覚えているだろうか。

私のスリッパはどこだ?
こう言って、かぶっていた帽子を目深にして改めて椅子に身を沈めるのだが、この後ストンとエンドマークが出る。
なかなか余韻の残る終わり方だった。
ということで、レックス・ハリソンの名人芸の一端をしばしご覧あれ。


I'VE GROWN ACCUSTOMED TO HER FACE (1956)
(Words by Alan Jay Lerner / Music by Frederick Loewe)

I've grown accustomed to her face she almost makes the day begin
I've grown accustomed to the tune she whistles night and noon
Her smiles, her frowns, her ups and downs are second nature to me now
Like breathing out and breathing in
I was serenely independent and content before we met
Surely I could always be that way again and yet
I've grown accustomed to her looks
Accustomed to her voice, accustomed to her face...

彼女の顔に慣れてきた
彼女が一日を始めるんだ
夜も昼も彼女が吹いていた口笛のメロディに慣れてきた
彼女の微笑み、しかめ面、気分の浮沈み、今や私の一部だ
まるで呼吸のようだ
出会う前は 私は誰にも邪魔されず 満ち足りていた
私はその頃の自分に戻れるのだが
彼女の表情に 彼女の声に 彼女の顔に慣れてしまった…
おそらく「恋」には2通りあって、「一目惚れ」というやつと、最初は意識せず友達づき合いなどしているうちにだんだん親しさが恋愛に変わっていく場合だ。
この作品では、「一目惚れ」をするのがフレディという青年(映画では、後年テレビの人気シリーズだったシャーロック・ホームズのホームズ役を演じた若き日のジェレミー・ブレットが扮した)だが、ヒギンス教授のこの歌は後者の例である。
友達(このミュージカルでは教え子)が恋人になるという設定の歌としてさまざまな人が歌える要素を持っている。しかも女性が歌う場合には、Her を His か Your にすればいいわけだ(笑)。

ジャズ的にはなかなか消化しにくい曲だと思うが、アニー・ロスがバリトン・サックスのジェリー・マリガンのクインテットを伴奏にして歌ったものは、彼女のしっとりとした声の魅力が十分に発揮された快唱だ。彼女は his と歌っている。


インストでは、西海岸のドラムスの名手シェリー・マンがアンドレ・プレヴィン(p)、ルロイ・ヴィネガー(b)と組んで録音した『My Fair Lady』というベスト・セラー・アルバムや、トランペットのチェット・ベイカーのものがよく知られているが、蚤助の一番のお気に入りは、やはりウェス・モンゴメリーだ。


ウェスのギターは、ちょっぴりペーソスのあるこの曲のトーンにとてもマッチしている。


『マイ・フェア・レディ』をもじった周防正行のミュージカル仕立て『舞妓はレディ』という映画はまずまず面白かったが、彼我の楽曲の差はとても大きいと思った。スタンダード曲にはならなくとも、せめて楽曲がそこそこヒットするくらいの素敵な映画音楽が誕生してくれないものか。どうでもいいことだが、現在の邦画の音楽は総じて情緒過剰なのが最大の難点である。

二号とはファーストレディの次の女(ヒト) 蚤助
「レデイ」とはまるで無縁の蚤助の意見である。

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