Quantcast
Channel: ただの蚤助「けやぐの広場」~「けやぐ」とは友だち、仲間、親友という意味あいの津軽ことばです
Viewing all articles
Browse latest Browse all 315

#664: 10セントひと踊り

$
0
0
タクシー・ダンサーというのをご存じだろうか。
アメリカの映画によく登場するが、ダンスホールでチケットを買って入場し、時間制でダンスの相手をしてくれるダンサー兼ホステスのことだ。
タクシーは車のタクシーと同様、賃貸し料金制で、料金さえ払えば誰でも利用できたという。
特に1920年代~30年代にかけて、アメリカの大都市で流行した。
60年代になって音楽がロック主流になるといわゆる社交ダンスは次第に廃れていったが、現在でもなお、あちらこちらの街にそういうシステムをとる風俗店が結構残っているそうだ。

このタクシー・ダンサーの歌が“Ten Cents A Dance”(10セントひと踊り)である。
安ダンスホールで客の相手をする女の退廃ムードが色濃く漂っている歌だ。
ロレンツ・ハート作詞、リチャード・ロジャース作曲のコンビが1930年の舞台レヴュー“Simple Simon”のために書いたものである。
いみじくもこの年、コール・ポーターが娼婦の歌“Love For Sale”を書いており、どちらも当時の不況の世相を反映しているのに違いない。


TEN CENTS A DANCE (1931)
(Words by Lorenz Hart, Music by Richard Rodgers)

<Verse>
I work at the palace ballroom, but gee that palace is cheap
When I get back to my chilly hallroom, I'm much too tired to sleep
I'm one of those lady teachers, a beautiful hostess you know
One that the palace features, at exactly a dime a throw

私はパレス・ダンス場で働いている でもこのパレス(宮殿)は安物
冷え切ったホールの部屋に帰った時は 疲れすぎて眠れない
私はパレスのダンス教師のひとり きれいなホステス
10セント硬貨を投げられるパレスの売れっこ
いくぶん捨鉢な調子の女の自嘲的なヴァースがついている。続いてコーラスではこう歌われる。

Ten cents a dance, that's what they pay me
Gosh how they weigh me down
Ten cents a dance, pansies and rough guys, tough guys who tear my gown
Seven to midnight I hear drums, loudly the saxophone blows
Trumpets are tearing my ear-drums, customers crush my toes
Sometimes I think, I've found my hero
But it's a queer romance
All that you need is a ticket
Come on big boy, ten cents a dance...

10セントでひと踊り それが私に払う額
ああそれが私にのしかかる
10セントでひと踊り
なよなよした男、荒くれ男、ドレスを破る乱暴者
7時から真夜中までドラムを聴き うるさいサックスが響く
トランペットは鼓膜を破りそう お客は足を踏む
時にはヒーローを見つけたと思うけど
それは奇妙なロマンスの幻
あんたに必要なのはチケット
いらっしゃい 色男 10セントでひと踊り…
ブロードウェイの超大物プロデューサーであったフローレンツ・ジーグフェルドは、ロジャース&ハートの作る歌が上品すぎるとして気に入らず、今では大スタンダード曲となっている“Dancing On The Ceiling”や“He Was Too Good To Me”などの名曲を没にして、劇中で使うことを許さなかった。
「君たちの歌はうまくて洒落ている。でももっとシンプルなヒット曲が書けないのか…云々」と言われた二人はホテルに缶詰めにされて、うらぶれたダンスホールのホステスの物悲しくセンチメンタルなこの歌を書き上げたという。

最初に歌う予定だった歌手が酔っ払って歌詞を覚えられなかったため首になったというエピソードもあるが、当時売り出し中だったルース・エティングに歌わせたところ、彼女の代表曲となるほどの評判となった。


そのエティングは、コーラス・ガールをしていたころ、禁酒法時代のシカゴの暗黒街の顔役マーティン・スナイダーの後押しを受けて有名になったエンターテイナーである。
パトロンのスナイダーはエティングと後に結婚をすることになるが、やがて彼女がピアニストと恋仲となったため、そのピアニストを銃撃して重傷を負わせ、有罪判決を受けて服役するというスキャンダルもあって、エティングの人気はやがて凋落していった。

そういう波乱万丈だったルース・エティングの伝記映画が55年に製作された。チャールズ・ヴィダーの『情欲の悪魔』(Love Me Or Leave Me)というものすごい邦題の作品で、ドリス・デイがエティングに、ジェームズ・キャグニーがスナイダーに扮した。
蚤助は未見だが、健康で明るいヤンキー娘のイメージが強いドリス・デイが、やや影のあるけだるいムードのエティングを好演したようだし、小児麻痺の後遺症で足が不自由だったスナイダーは、「キャグニーは俺をうまく真似た」と評したそうである。
“Ten Cents A Dance”はこの映画でも使われドリス・デイが歌った。彼女が、この歌を披露するところは、引用や言及されることが多い有名なシーンとなっている。


この歌、特にお気に入りは、クリス・コナーが63年ニューヨークのヴィレッジ・ゲートで行ったライヴ盤だ。ここでの彼女の歌は、クールでハスキーな歌声とは裏腹な暖かい人間性とペーソスを感じさせる。
ロニー・ボール(p)、マンデル・ロウ(g)、リチャード・デイヴィス(b)、エド・ショーネシー(ds)という伴奏陣もなかなかステキだ。


当時、このタクシー・ダンサーは、チケット1枚で2分間ほど踊れたそうである。
おそらく、客は何枚もチケットを買わなくてはならなかったのだろう。
今では、男性客をターゲットにした女性ダンサーばかりではなく、意外にも女性客向けに男性のタクシー・ダンサーもいるそうだ。

ブルースを踊る娘が蝶になる  蚤助

Viewing all articles
Browse latest Browse all 315

Trending Articles