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Channel: ただの蚤助「けやぐの広場」~「けやぐ」とは友だち、仲間、親友という意味あいの津軽ことばです
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#666: Whisper Not

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(ろくでもない)風邪でダウンしていた。
加えて、走行距離は少ないものの廃車寸前の状態の(ろくでもない)マイカー、10年使った(ろくでもない)洗濯機の故障、ともに買い替え必至で、これからいろいろと物入りとなるトホホな年末の状況である。
我が家でも「アベノミックス」ならぬ「タダノミックス」を前向きに進めなくてはならぬ…というわけで、#666という6のゾロ目記事を「ろくでもない三連発」の愚痴で始めてしまった。


非常に珍しいマイナー・レーベル Period 原盤で Everest というこれまた弱小レーベルから発売された“MAD THAD”というLPを入手したのは、ジャズを聴き始めてまもなくの若かりしころであった。
日本コロムビアのいわゆる廉価盤シリーズは、懐具合の厳しい学生には非常にありがたい企画だった。発売期間は限定されていたが、このシリーズからは、以前取り上げたことのある“JO JONES TRIO”ほか何枚か入手した中の1枚で、トランぺッター、コンポーザー、アレンジャー、バンドリーダー、そしてジャズ界では有名なハンク、サド、エルヴィンの団子、いやジョーンズ三兄弟の次兄サド・ジョーンズのリーダー・アルバム(58年録音)であった。
当時、サドはカウント・ベイシー楽団の花形トランぺット奏者として活躍していて、このアルバムにもベイシー・バンドの仲間が参加している。


このアルバムに収録された Whisper Not という曲を、サドはミュートをつけて演奏するが、同じジョーンズという姓だがジョーンズ三兄弟ではない、クインシー・ジョーンズの施した編曲も聴きものだった。
これが蚤助の「渋好み」にピッタリの演奏で、 Whisper Not は大好きな曲となった。動画が見つけられなかったのが残念だ。

♪ ♪
Whisper Not は、マイルドな音色で滑らかなフレイジングを奏でるテナー奏者のベニー・ゴルソンが、ディジー・ガレスピー楽団に在籍中の56年に作曲したものだが、曲が閃いてから20分後にはもう楽譜が出来上がっていたそうだ。
ゴルソン自身のテナーのムードにピッタリの曲調を持ち、彼の書いた I Remember Clifford と並ぶ名曲として知られる。
曲のタイトルは、命令形 Don't Whisper の語順が違うだけで、「囁かないで」とか「口にしないで」という意味である。

ゴルソンは58年にアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズに参加するが、同年の12月、パリのクラブ・サンジェルマンにおけるジャズ・メッセンジャーズの演奏は空前の評判となり、大ベスト・セラーとなった。


これはサンジェルマンでのライヴと同じ年にベルギーで行われたライヴ・ステージの映像だが、ブレイキーのドラムス、リー・モーガンのトランペット、ゴルソンのテナー、ボビー・ティモンズのピアノ、ジミー・メリットのベースと当時絶好調だったジャズ・メッセンジャーズのメンバーが全員揃っている。フロントを務めるモーガンもゴルソンもかっこいい。


前稿でも登場したウィントン・ケリーはジャズ・メッセンジャーズよりも早い58年1月に録音している。ポール・チェンバース(b)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)のケリー・トリオに、ケニー・バレルのギターが入った名演である。バレルもケリーのピアノも快調だ。


多くのミュージシャンに愛され、今なお演奏され続けている曲だが、慢性疲労症候群とかで一時はピアノを弾くどころか、ベッドから起き上がることもできなかったというキース・ジャレットの99年のパリにおける復活ライブ。何とかリハビリテーションを続けてピアノに向かって弾いた Whisper Not …。ちょっと感動してしまう。

♪ ♪ ♪
この曲、前述のようにインストゥルメンタルとして書かれたものだが、後に著名なジャズ評論家のレナード・フェザーによって歌詞がつけられた。そういえば、フェザーは前述のサド・ジョーンズのアルバム“MAD THAD”のプロデュースとライナーノートも担当していた。
もっとも、これには異説があって、歌詞を書いたのはリロイ・ジャクソンだとする人もいるのだ。
例えば Wikipedia ではフェザーが作詞したとあるのだが、それは誤りでジャクソン説が正しいと主張する記事があったりする。
いずれにせよ蚤助はどちらとも判断する材料を持ち合わせていない。

WHISPER NOT (1956)
(Words by Leonard Feather or Leroy Jackson / Music by Benny Golson)

Sing low, sing clear, sweet words in my ear
Not a whisper of deapair but love's own pray'r
そっと歌って はっきりと 耳元に優しい言葉を
絶望の歌ではなく 愛の祈りを

Sing on until you bring back a thrill
Of a sentimental tune that died too soon
あまりにも早く消えた 感傷的な調べのときめきが
戻ってくるまで 歌い続けて

Our harmony was lost but you forgave, I forgot
Whiper not of quarrels past, you know we've had our last
二人のハーモニーは失われたけど あなたは許してくれた 私は忘れた
過去の仲たがいなんか口にしないで 二人は最後まで一緒
 
So now, We'll be on key constantly, love will whisper on eternally...
だから今 二人のキーは溶け合い 愛をいつまでも囁くのだから...
これに続いて、「永遠の愛などないなどという言葉にどうして耳を貸したんだろう。二人の仲を壊そうとする噂話が涌いてくる。でもまだやり直すことができる。すべてを忘れて、天使の呼びかけに従うなら、それが二人の真実…」という内容の歌詞が出てくる。
「天使の呼びかけに従う」は Answer Cupid's Call の訳で、キューピッドの声に応えるということだ。噂話が好奇心か、悪意か、ストレスの発散によるものかは別にして、そんなものは無視して自分の内なる声に耳を傾けよ、ということを言っているらしい。もっともな主張だ。

インストゥルメンタルでは、この部分はいわゆるセカンド・リフ(いわば第2テーマ)とでもいうのだろうか、コーラス部と同じコード進行だが異なるメロディになっていて、普通のスタンダード・ナンバーとはちょっと違った構成になっている。
前掲のウィントン・ケリーの演奏を例にとると、6分前後で出てくるマーチ風の部分がセカンド・リフである。これは結構多くのプレイヤーが忠実にやる。この演奏が名演といわれる理由の一つが、冒頭テーマから、ピアノ、ギター、ベースとリレーされて、セカンド・リフへと、実にスムーズに流れる、つまりプレイの受け渡しが巧いという点にあると思う。ちなみにキース・ジャレットのスタンダーズ・トリオの演奏ではこのセカンド・リフは出てこない。

そのセカンド・リフに「永遠の愛などないなどいう言葉に…」という歌詞がつけられているのだが、音符割りが細かく早口で歌う必要があり、歌曲として歌うのには技術が必要となる。
したがって高度なテクニックのある歌手しか歌えないという難曲で、確かにこの曲、ヴォーカルではアニタ・オデイ、エラ・フィッツジェラルド、メル・トーメ、ペギー・リー(ただし彼女はセカンド・リフの部分は伴奏のインストに任せている)あたりしか聴いたことがない。

ジーン・ハリス(p)、アンディ・シンプキンス(b)、ビル・ダウディ(ds)、すなわちザ・スリー・サウンズ(The Three Sounds)の三人にロイ・エルドリッジ(tp)の加わったカルテットを伴奏に、アニタ・オデイは見事に歌い切る。




エラの歌もさすがに上手い。こちらはマーティ・ペイチのオーケストラが付き合っている。


歌詞の最後の一節は But of your love for me, that's how it's got to be というもので、訳すのになかなか難しそうな表現だ。直訳だと「でも私へのあなたの愛、それがあるべき方法だ」とだいぶ硬い訳になってしまいそうだ。ここは「あなたの愛、それが答えだ」とか「それしかない」という意味合いだと考えておきたい。

♪ ♪ ♪ ♪
キューピッド囁く声に耳笑う  蚤助

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