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Channel: ただの蚤助「けやぐの広場」~「けやぐ」とは友だち、仲間、親友という意味あいの津軽ことばです
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#720: オール・マン・リヴァー

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 エドナ・ファーバーといえば、「ジャイアンツ」などアメリカ南部を舞台にしたベストセラー小説をいくつか書いた女性作家だ。彼女の代表的な名作小説をもとに作られたミュージカルが「ショウ・ボート」(1927)である。大物の興行師であったフローレンツ・ジーグフェルドの発案により、ジェローム・カーンに作曲を、作詞と脚本さらには演出までオスカー・ハマースタイン二世に依頼した。ブロードウェイで幕を開けるとロングラン・ヒットを記録し、その後も何度となく舞台で再演され、映画化の方も過去3回行われている。

 最初の映画化(ハリー・A・ポラード監督)は、29年のものでミュージカル映画ではなく原作小説のドラマ化だったそうだ。蚤助は残念ながら未見である。2度目がジェームズ・ホエールが監督した36年の作品で、ヘレン・モーガン、アイリーン・ダン、アラン・ジョーンズらブロードウェイのキャストを中心とした出演陣だった。特に舞台で黒人労働者ジョーを演じたポール・ロブスン(冒頭画像)が歌う「オール・マン・リヴァー」は圧巻であった。名曲ぞろいのこのミュージカルの中で、彼のために書かれたともいわれるこの曲がこの作品の真実の主役だと言ってもいいだろう。

OL' MAN RIVER (1927)
(Words by Oscar Hammerstein II / Music by Jerome Kern)

Dere's an ol' man called de Mississippi
Dat's de ol' man dat I'd like to be
What does he care if de world's got troubles?
What does he care if de land ain't free?

Ol'man river, dat ol' man river
He mus'know sumpin' but don't say nuthin'
He jes'keeps rollin', he keeps on rollin' along...

ミシシッピーという親爺がいる
おいらもあんな親爺になりてえもんだ
面倒が起きてもどこ吹く風だ
自由がなくたって悠々としてる

オール・マン・リヴァー なあ親爺さんよ
何事もちゃんと分かってて 一言も口にしねえ
ただ静かにずっと流れていくだけ…
 黒人の訛りを大胆に取り入れた歌詞なので少々分かりづらいが、この作品の中でも最もスケールが大きい感動的な黒人の労働歌である。南部ミシシッピー州を舞台にしたこの作品の底流にあるテーマはまさに人種差別の問題だ。

 ミシシッピー河を上下するショウ・ボート「コットン・ブロッサム号」の一座の人々の生活をリアルに描いた。特に、タブーとされていた黒人差別の問題を取り上げた点などは、従来のミュージカルとはコンセプトが異なる意欲的な作品であった。現在では真にアメリカ的なミュージカルを確立した傑作という評価がこの作品に与えられている。このナンバーは、「黒人は辛い労働を強いられ、死ぬまで休むことはできない。だが、オール・マン・リヴァー(ミシシッピー河)はただ滔々と流れ続けるだけだ...」と歌われる。初演時はジュールス・ブレッドソウという人が歌い、29年の最初の映画化では彼が同じ役を演じたとのことだ。この黒人労働者ジョーの役は、翌年のロンドン公演以降、ポール・ロブスンが演じるようになり、彼が歌うとこの曲の価値が一躍高まった。


 ロブスンにとっては、この歌が彼の得意とする黒人霊歌とともに最大のレパートリーとなった。彼は俳優兼歌手だが、反ファシズムと黒人解放運動にかかわったことで世界中に知られた人物である。「オール・マン・リヴァー」を怒りの歌として歌うこともまた彼の運動の中核をなすものであった。ロブスンとこの歌は不即不離のものだったのだ。

 3度目の映画化(ジョージ・シドニー監督)は、エヴァ・ガードナー、キャスリン・グレイスン、ハワード・キール、ジョー・E・ブラウンなど豪華な配役で、かの「ザッツ・エンターテインメント」にも登場した。おそらく一番ポピュラーなヴァージョンではないだろうか。ここで「Ol' Man River」を歌ったのはクラシック界のバス歌手、ウィリアム・ウォーフィールド、朗々とした深い歌唱が印象的である。


 人によっても違うが、今ではこの歌が原詞通りに「白人」とか「黒人」とかいう言葉をはっきり歌われることは少なくなったようだ。可能な限り差別用語を使わないようにするという考え方なのだろう。「黒人」を「われわれ」といったり、「白人のボス」を「ビッグ・ボス」と言ったりする。サミー・デイヴィス・ジュニアなどはコンサートで、この歌を歌う前に「古い歌だけど今もなお生きている歌です」という趣旨のコメントをしていた。

 ジェローム・カーンの伝記映画「雲流るるはてに」(Till The Clouds Roll By - 1946)というのがある。リチャード・ソープとヴィンセント・ミネリが共同で監督した作品だ。日本未公開だったが、NHKのBSで放映されたことがある。蚤助は録画し損なったのだが、後に廉価版のDVDを見つけた。カーンに扮したのはロバート・ウォーカーで、ドラマとしては平凡であまり面白くなかったが、合間に入るショウの場面(ミネリが演出)は見ものだった。MGMのミュージカル・スターが次々と登場し、華麗な芸を披露してくれるので、それだけで得した気分になったのだ。この映画のクライマックスで、絶頂期のフランク・シナトラがこの歌の圧倒的な熱唱を聴かせるのが素晴らしかった。

 ちなみに、作者のカーンは、この名曲のメロディをわずか5分間で書き上げたと伝えられている。


大河でも最初は天のひとしずく   蚤助

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