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Channel: ただの蚤助「けやぐの広場」~「けやぐ」とは友だち、仲間、親友という意味あいの津軽ことばです
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#555: 歌うオードリー

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『ローマの休日』(Roman Holiday‐1953)でデビューして以来、オードリー・ヘプバーンの主演作はいずれも大当たりをしたが、最も華麗でゴージャスだったのは『マイ・フェア・レディ』(My Fair Lady‐1964)のイライザ役ではなかっただろうか。

日本での公開当時はヘプバーンが歌い踊るというので大きな話題を集めたが、実際は彼女の歌は吹き替えであった。
作品賞、監督賞をはじめ多数のオスカーを獲得した作品であったが、ヘプバーンは主演女優賞を獲れず、『メリー・ポピンズ』(Mary Poppins‐1964)のジュリー・アンドリュースに持っていかれてしまった。
オリジナルの『マイ・フェア・レディ』の舞台でイライザを演じ高く評価されたものの、映画化に当たって無名の新人にすぎなかったアンドリュースが起用されなかったことに対する同情票が集まったと囁かれたが、真相はおそらくアンドリュースが自ら歌ったのに対し、ヘプバーンの方は吹き替えであったことがマイナスになったのだろう。
ヘプバーンも自ら歌を録音したそうだが、あまり上手くなかったので吹き替えとなったとされている。

ヘプバーンの歌を吹き替えたのは、ソプラノ歌手のマーニ・ニクソンで、『王様と私』(The King And I‐1956)のデボラ・カー、『ウェスト・サイド物語』(West Side Story‐1961)のナタリー・ウッドの吹き替えも担当したその道の専門家であった。
ちなみに、彼女は映画『サウンド・オブ・ミュージック』(The Sound Of Music‐1965)に尼僧ソフィア役として出演、初めてその姿をスクリーンに見せている。


(Marni Nixon Sings Gershwin)
では、ヘプバーンは歌えなかったのか? というと必ずしもそうではないのだ。
ご承知のように、映画『ティファニーで朝食を』(Breakfast At Tiffany's‐1961)では、主題歌“MOON RIVER”を、劇中で彼女はギターを爪弾きながら窓辺で歌っている。
素朴な歌い方だが、まぎれもなく彼女自身が歌っているのだ。

さらにそれ以前には、スタンリー・ドーネンの映画『パリの恋人』(Funny Face‐1957)は、ヘプバーンが初めて主演したミュージカル映画として話題をさらったが、ここでは彼女は吹き替えなしで歌い踊っているのである。


この『パリの恋人』の映画化にはなかなか複雑な経緯があったようだ。

『パリの恋人』の原題である“FUNNY FACE”(1927)とは、フレッド・アステアが姉のアデールと主演を張った古い舞台ミュージカルで、ガーシュウィン兄弟の音楽が使用されていた。
『パリの恋人』でヘプバーンと共演し、一緒に踊ったフレッド・アステアの自伝によれば、こういうことになる。

アステアは、あるパーティでプロデューサーのロジャー・イーデンスから、「僕が企画している“WEDDING DAY”という脚本をオードリー・ヘプバーンが気に入って、フレッド・アステアが出るならやりたいと言っている」と聞かされる。
“WEDDING DAY”はレナード・ガーシュが書いた未発表のミュージカル作品で、これがやがて『パリの恋人』の元になるのである。

当時イーデンスはMGMスタジオに所属していて、この映画化のために、MGMは権利を所有していたワーナーからタイトルやガーシュウィンの曲を含めて買い取り、それ以外にいくつかの新曲を加えることを決めていた。
一方、アステアとの共演を熱望していたヘプバーンはパラマウント映画の専属だったので、関係者で話し合いが持たれたが、契約関係を巡って紛糾し、一時は企画が白紙になるところであった。

結局、パラマウントが企画・製作を行い、新しい脚本とガーシュウィンの曲、レナード・ガーシュとロジャー・イーデンスが書いた新曲を数曲追加して、パラマウントがタイトルを含めてすべてMGMから購入することで決着する。
そもそも原案の“WEDDING DAY”の作者だったガーシュは、自らの手で、自分を美人ではないと思い込んでいる娘を写真家がファッション・モデルに仕立て、彼女と恋に落ちるというストーリーに仕立て直した。
これはファッション・カメラマンとして有名なリチャード・アヴェドンが後に妻となるイヴリン・フランクリンを発見してトップ・モデルに育て上げたという実話をもとにしたものだった。
このため、タイトルは同じでも舞台版の“FUNNY FACE”とは全く別の物語となったのである。
パラマウントの作品だが、MGMミュージカルのテイストになっているのはこういった経緯があったからなのだろう。

♪ ♪
ともあれ、この作品のストーリーはこんな感じである。

知性と美貌を兼ね備えた新しいファッション・モデルを探している雑誌の編集長マギー(ケイ・トンプソン)とカメラマンのディック(フレッド・アステア)は、小さな書店で働く新しい思想にかぶれた店員ジョー(オードリー・ヘプバーン)に目をつけ、撮影のためパリへ誘う。
ジョーはモデル稼業には全く興味はないのだが、パリに行けば、尊敬する新思想の主導者である教授に会うことができると考え、誘いに乗ることにし、かくして3人はファッションの本場パリへ向かう…。

『マイ・フェア・レディ』同様、ヘプバーンが最初からきれいなのが難点といえば難点だが、ファッション写真という新しい世界をテーマに据えたことが功を奏したようだ。
ファッショナブルな映像(撮影はレイ・ジューン)は話題を呼んで、この映画の影響からファッション業界を目指す人が急増したという。

また、映画のヴィジュアル・コンサルタントとして、リチャード・アヴェドンが参加しているのもこの映画を成功させた理由のひとつであろう。
当時、彼が写真を掲載していたファッション雑誌「ハーパーズ・バザー」のフィーリングを持ったタイトルが非常に新鮮で素晴らしいのである。
劇中で使われたヘプバーンの大きな瞳と唇が浮き上がっている印象的な写真はアヴェドンの手によるものである。


アヴェドンはまだ若手の写真家だったが、当時すでにファッション写真のスーパースターであった。
こういう人物がコンサルタントについているからだろう、アステアのカメラマンぶりも自然で、カメラの扱い方、モデルのポーズのつけ方、ストップモーションのショットもとても素晴らしい。
また、ケイ・トンプソンの演じた雑誌編集長のモデルは、やはり「ハーパーズ・バザー」と「ヴォーグ」の伝説的編集長として有名だったダイアナ・ヴリーランドである。


(左からケイ・トンプソン、フレッド・アステア、オードリー・ヘプバーン)
♪ ♪ ♪
アステアがヘプバーンに向って言う。

「君は何を美しいと思う? 樹かい? だったら君は樹に似ているんだ」

これは写真を現像する、暗室のシーンである。
すぐ主題曲“FUNNY FACE”のナンバーになり、アステアが写真を引き伸ばししながら歌う。
写真の暗室だから赤いライトがついていて、これが実に音楽的というかミュージカルらしい。
主人公が写真家なのだから当然と言えば当然なのだが、こういうアイデアと映画的な処理はやはりスタンリー・ドーネン監督のセンスの良さであろう。

再びアステアによる回想。

こうしてようやく撮影が始まったが、パリのロケ予定地では雨が止まない。
地面がぬかるんで、足元がおぼつかない。
オードリーは休まず、ひたすら頑張り美しく踊った。
一言も文句を言わなかった。
何時間もリハーサルをし、とうとう撮影を始めようという時になって、彼女は初めて本音をもらした。
「フレッド・アステアと踊れる日を20年も待っていたのよ。なのにこの仕打ちは何? 泥だなんて!」…

体型を忘れて見てるニューファッション (蚤助)
(この稿つづく)


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