クリスマスを舞台や主題にした映画というのは結構たくさんある。
蚤助がすぐに思い浮かべるのは、古いところではジョージ・シートンの『三十四丁目の奇蹟』(Miracle On 34th Street‐1947)、以前にも紹介したことがあるジョン・フォードの西部劇『三人の名付親』(3 Godfathers-1948)、アーヴィング・バーリンの名曲が散りばめられたミュージカル『ホワイト・クリスマス』(White Christmas-1954)、比較的新しいところでは、主演したブルース・ウィリスを大スターにした『ダイ・ハード』(Die Hard‐1988)や、クリス・コロンバスのヒット作『ホーム・アローン』(Home Alone‐1990)などが、すぐに思い浮かぶ。
特に後の2本は続編まで製作されるほどのヒットとなった。
♪
忘れてはならないのは『素晴らしき哉、人生!』(It's A Wonderful Life)という不朽の名画である。
アメリカでは、年末のこの時期、必ずといっていいほどどこかのテレビ局で放映されている。
この作品はパブリック・ドメインになっていて、著作権はフリーなのである。
2006年にアメリカ映画協会(AFI)が選んだ『感動の映画ベスト100』というランキングで第1位に選ばれている(この番組は日本でも数年前にNHKのBSで放送された)。
名監督フランク・キャプラの集大成ともいうべき作品である。
善意の人である主人公とその家族と周囲の人々はみな好人物であるが、一方でそれとは対照的に主人公に悪意を抱いている敵役のボスも出てくる。
そのボスのせいで主人公は窮地に陥るものの、周囲の人々の協力でハッピー・エンドを迎えるという語り口が、実にキャプラ的なのである。
しかも物語は、天使が主人公を見守るというファンタジー仕立てになっている。
この映画の原作は、リンカーンの伝記の著書もある歴史家のフィリップ・ヴァン・ドレン・スターンの手になるもので、ある朝、髭を剃っている最中にプロットを思いついたという。
何年か推敲を繰り返しながら、クリスマスという要素をストーリーに加え“The Greatest Gift”(最高の贈りもの)というタイトルで自費出版をした。
24ページほどの小冊子で200部ほど印刷したというが、これをクリスマス・カード代わりに友人・知人に送ったのである。
キャプラは自分が設立した独立系の映画会社リバティ・フィルムズを通じて、映画化権を持っていた他の映画会社から買い取り、早速フランセス・グッドリッチ、アルバート・ハケットとともに脚本の執筆にとりかかった。
『素晴らしき哉、人生!』はクリスマス映画として当初企画されているわけではなかったが、キャプラはそのストーリーに普遍性を見出したようだ。
♪ ♪
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(ジェームズ・スチュワート)
ジョージ・ベイリー(ジェームズ・スチュワート)は住宅ローン会社の社長である。
少年時代は冒険家、長じては建築家となって世界中を駆け回ることを夢見ていたが、父親の急死によって、夢を捨て、小さな町の小さな会社の経営を引き継ぐことになる。
幼馴染のメアリー(ドナ・リード)と結婚し、4人の子宝に恵まれ、会社の経営は厳しいものの順調に人生を歩んでいた。
クリスマス・イヴ。
折しも金融監査官が会社の監査にやってきた日、ジョージの叔父(トーマス・ミッチェル)の不注意により、銀行に預金するはずの8千ドルもの大金を失くしてしまう。
町のボスでジョージの活躍を快く思っていない銀行家のポッター(ライオネル・バリモア)が、8千ドルを隠してしまったのだ。
ジョージは善後策を講ずるため、町中を必死に駆けずり回るが、万策が尽き果て、もはや打つ手は残されていない。
ジョージが世を儚み橋の上から投身自殺をしようと欄干に足をかけようとしたとき、先に一人の男が、大きな氷塊が浮かぶ暗い川面に落ちていく。
一転、ジョージは男を助けるために川へ飛び込む。
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(ヘンリー・トラヴァースとジェームズ・スチュワート)
橋のたもとの管理小屋で二人は濡れた体を乾かしている。
西部開拓時代のような古めかしい下着姿の謎の男に、管理人が「あんた、どこから来たんだね」と訊ねる。
「天国からさ、ジョージを助けるためにね」
「そりゃ面白い!なぜ俺の名を知っている」とジョージ。
「何でも知ってるよ。小さいころからずっと見ているからね。さっき神様に祈っていたろう?私がその答えさ」
これがクラレンス(ヘンリー・トラヴァース)という二級天使で、自分の翼をもらうためにジョージを助けるという使命を帯びて現れたのだ。
「酔っ払いか!」
「君がそんな言い方ばかりするなら、私はいつまでも翼をもらえない」
「戯言はどこかよそで言ってくれ」
「君が死ねば、家族も友人もみんな幸せになれると思っているのかね」
「知るか!俺は生まれてこなけりゃよかったんだ」
この映画のポイントは、苦難の主人公を救うために天使(といっても初老のおじさん天使だが)が天国から派遣され、生まれてこなければよかったと嘆く主人公に、彼が生まれなかった場合の特別な世界を見せるところである。
元の世界の妻や友人たちは、すれ違っても誰もジョージを知らない。
そこでは、自分がいない結果、悪徳銀行家のポッターが幅をきかせ利権を貪っていた。
ジョージが愛した人々が奴隷のように扱われ、互いに猜疑心を抱きあう不遇の人生を送っているのである。
次第にジョージは、自分の存在が無価値ではなかったこと、多くの人々に愛されていたことに気づき、激しく後悔するのである。
そして吹雪の中、橋に駆け戻って天に向かって叫ぶ。
「元の世界に戻してくれ!どんなに苦しくてもかまわない!」…
♪ ♪ ♪
キャプラの主張はおそらくこういうことであったろう。
「どんな状況にあろうと、人は生きるべきだ、生きていることに価値がある、人生は素晴らしい…」
第二次世界大戦後、マイホームを持つことはアメリカンドリームの一つとなり、戦場からの復員兵たちを対象にした郊外型分譲住宅地の建設が盛んになっていたが、この作品は、そんな時代の等身大の庶民生活を描いていた。
キャプラは自著で「自分の最高傑作だと思った。映画史上最高の名作だとさえ思った。ホームレスにも、愛を知らない人たちにも、この作品はあなた方への贈り物だと叫びたかった」と述べている。
だが、現在ではクラシックの名作とされているこの作品も、公開されたとき、戦争という過酷な現実を通り過ぎたばかりの大衆の心に十分訴えることができず、興行成績は全く振るわなかったという。
設立後わずか2年でリバティ・フィルムズは解散し、以後はユーモアとヒューマニズムとセンチメンタリズムの色濃い映画作家キャプラには、映画製作の機会が訪れてこなくなるのだ。
最後に、天使クラレンスはジョージに一冊の本を残していく。
クラレンスの「生前」に刊行されたばかりだという『トム・ソーヤー』である。
見返しにクラレンスのサインが書いてある。
「友人を持っている人間に敗残者はいない」
クリスマス・ツリーに飾られたベルがチリンと鳴る。
天国に戻ったクラレンスは晴れて翼を入手したのであろう…
♪ ♪ ♪ ♪
この作品は何度か観ているがそのたびに心が温かくなる。
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(ドナ・リードとスチュワート)
主人公のジョージには『我が家の楽園』(You Can't Take It With You‐1938)と『スミス都へ行く』(Mr. Smith Goes To Washington‐1939)でキャプラと組んでいるジェームズ・スチュワートを起用、ヒロインのメアリーには清純さが漂う新人ドナ・リード、町の銀行家ポッターにはライオネル・バリモア、好人物だが粗忽な叔父にトーマス・ミッチェル、とぼけた二級天使クラレンスのヘンリー・トラヴァース、映画の冒頭で存在感を放つ薬局の店主ガウワーのH・B・ワーナーなど、はまり役でいずれも好演である。
ただ、一点腑に落ちないのは、例の8千ドルの扱いで、金がどうなったのか、ポッターのその後がどうなったのか全く描かれていない。
ポッターの行為は、日本の刑法で言えば少なくとも「遺失物横領罪」あたりの罪状、要するに「猫ババ」になると思うのだが…(笑)。
クリスマス近くになるとみな良い子(蚤助)
蚤助がすぐに思い浮かべるのは、古いところではジョージ・シートンの『三十四丁目の奇蹟』(Miracle On 34th Street‐1947)、以前にも紹介したことがあるジョン・フォードの西部劇『三人の名付親』(3 Godfathers-1948)、アーヴィング・バーリンの名曲が散りばめられたミュージカル『ホワイト・クリスマス』(White Christmas-1954)、比較的新しいところでは、主演したブルース・ウィリスを大スターにした『ダイ・ハード』(Die Hard‐1988)や、クリス・コロンバスのヒット作『ホーム・アローン』(Home Alone‐1990)などが、すぐに思い浮かぶ。
特に後の2本は続編まで製作されるほどのヒットとなった。
♪
忘れてはならないのは『素晴らしき哉、人生!』(It's A Wonderful Life)という不朽の名画である。
アメリカでは、年末のこの時期、必ずといっていいほどどこかのテレビ局で放映されている。
この作品はパブリック・ドメインになっていて、著作権はフリーなのである。
2006年にアメリカ映画協会(AFI)が選んだ『感動の映画ベスト100』というランキングで第1位に選ばれている(この番組は日本でも数年前にNHKのBSで放送された)。
名監督フランク・キャプラの集大成ともいうべき作品である。
善意の人である主人公とその家族と周囲の人々はみな好人物であるが、一方でそれとは対照的に主人公に悪意を抱いている敵役のボスも出てくる。
そのボスのせいで主人公は窮地に陥るものの、周囲の人々の協力でハッピー・エンドを迎えるという語り口が、実にキャプラ的なのである。
しかも物語は、天使が主人公を見守るというファンタジー仕立てになっている。
この映画の原作は、リンカーンの伝記の著書もある歴史家のフィリップ・ヴァン・ドレン・スターンの手になるもので、ある朝、髭を剃っている最中にプロットを思いついたという。
何年か推敲を繰り返しながら、クリスマスという要素をストーリーに加え“The Greatest Gift”(最高の贈りもの)というタイトルで自費出版をした。
24ページほどの小冊子で200部ほど印刷したというが、これをクリスマス・カード代わりに友人・知人に送ったのである。
キャプラは自分が設立した独立系の映画会社リバティ・フィルムズを通じて、映画化権を持っていた他の映画会社から買い取り、早速フランセス・グッドリッチ、アルバート・ハケットとともに脚本の執筆にとりかかった。
『素晴らしき哉、人生!』はクリスマス映画として当初企画されているわけではなかったが、キャプラはそのストーリーに普遍性を見出したようだ。
♪ ♪

(ジェームズ・スチュワート)
ジョージ・ベイリー(ジェームズ・スチュワート)は住宅ローン会社の社長である。
少年時代は冒険家、長じては建築家となって世界中を駆け回ることを夢見ていたが、父親の急死によって、夢を捨て、小さな町の小さな会社の経営を引き継ぐことになる。
幼馴染のメアリー(ドナ・リード)と結婚し、4人の子宝に恵まれ、会社の経営は厳しいものの順調に人生を歩んでいた。
クリスマス・イヴ。
折しも金融監査官が会社の監査にやってきた日、ジョージの叔父(トーマス・ミッチェル)の不注意により、銀行に預金するはずの8千ドルもの大金を失くしてしまう。
町のボスでジョージの活躍を快く思っていない銀行家のポッター(ライオネル・バリモア)が、8千ドルを隠してしまったのだ。
ジョージは善後策を講ずるため、町中を必死に駆けずり回るが、万策が尽き果て、もはや打つ手は残されていない。
ジョージが世を儚み橋の上から投身自殺をしようと欄干に足をかけようとしたとき、先に一人の男が、大きな氷塊が浮かぶ暗い川面に落ちていく。
一転、ジョージは男を助けるために川へ飛び込む。

(ヘンリー・トラヴァースとジェームズ・スチュワート)
橋のたもとの管理小屋で二人は濡れた体を乾かしている。
西部開拓時代のような古めかしい下着姿の謎の男に、管理人が「あんた、どこから来たんだね」と訊ねる。
「天国からさ、ジョージを助けるためにね」
「そりゃ面白い!なぜ俺の名を知っている」とジョージ。
「何でも知ってるよ。小さいころからずっと見ているからね。さっき神様に祈っていたろう?私がその答えさ」
これがクラレンス(ヘンリー・トラヴァース)という二級天使で、自分の翼をもらうためにジョージを助けるという使命を帯びて現れたのだ。
「酔っ払いか!」
「君がそんな言い方ばかりするなら、私はいつまでも翼をもらえない」
「戯言はどこかよそで言ってくれ」
「君が死ねば、家族も友人もみんな幸せになれると思っているのかね」
「知るか!俺は生まれてこなけりゃよかったんだ」
この映画のポイントは、苦難の主人公を救うために天使(といっても初老のおじさん天使だが)が天国から派遣され、生まれてこなければよかったと嘆く主人公に、彼が生まれなかった場合の特別な世界を見せるところである。
元の世界の妻や友人たちは、すれ違っても誰もジョージを知らない。
そこでは、自分がいない結果、悪徳銀行家のポッターが幅をきかせ利権を貪っていた。
ジョージが愛した人々が奴隷のように扱われ、互いに猜疑心を抱きあう不遇の人生を送っているのである。
次第にジョージは、自分の存在が無価値ではなかったこと、多くの人々に愛されていたことに気づき、激しく後悔するのである。
そして吹雪の中、橋に駆け戻って天に向かって叫ぶ。
「元の世界に戻してくれ!どんなに苦しくてもかまわない!」…
♪ ♪ ♪
キャプラの主張はおそらくこういうことであったろう。
「どんな状況にあろうと、人は生きるべきだ、生きていることに価値がある、人生は素晴らしい…」
第二次世界大戦後、マイホームを持つことはアメリカンドリームの一つとなり、戦場からの復員兵たちを対象にした郊外型分譲住宅地の建設が盛んになっていたが、この作品は、そんな時代の等身大の庶民生活を描いていた。
キャプラは自著で「自分の最高傑作だと思った。映画史上最高の名作だとさえ思った。ホームレスにも、愛を知らない人たちにも、この作品はあなた方への贈り物だと叫びたかった」と述べている。
だが、現在ではクラシックの名作とされているこの作品も、公開されたとき、戦争という過酷な現実を通り過ぎたばかりの大衆の心に十分訴えることができず、興行成績は全く振るわなかったという。
設立後わずか2年でリバティ・フィルムズは解散し、以後はユーモアとヒューマニズムとセンチメンタリズムの色濃い映画作家キャプラには、映画製作の機会が訪れてこなくなるのだ。
最後に、天使クラレンスはジョージに一冊の本を残していく。
クラレンスの「生前」に刊行されたばかりだという『トム・ソーヤー』である。
見返しにクラレンスのサインが書いてある。
「友人を持っている人間に敗残者はいない」
クリスマス・ツリーに飾られたベルがチリンと鳴る。
天国に戻ったクラレンスは晴れて翼を入手したのであろう…
♪ ♪ ♪ ♪
この作品は何度か観ているがそのたびに心が温かくなる。

(ドナ・リードとスチュワート)
主人公のジョージには『我が家の楽園』(You Can't Take It With You‐1938)と『スミス都へ行く』(Mr. Smith Goes To Washington‐1939)でキャプラと組んでいるジェームズ・スチュワートを起用、ヒロインのメアリーには清純さが漂う新人ドナ・リード、町の銀行家ポッターにはライオネル・バリモア、好人物だが粗忽な叔父にトーマス・ミッチェル、とぼけた二級天使クラレンスのヘンリー・トラヴァース、映画の冒頭で存在感を放つ薬局の店主ガウワーのH・B・ワーナーなど、はまり役でいずれも好演である。
ただ、一点腑に落ちないのは、例の8千ドルの扱いで、金がどうなったのか、ポッターのその後がどうなったのか全く描かれていない。
ポッターの行為は、日本の刑法で言えば少なくとも「遺失物横領罪」あたりの罪状、要するに「猫ババ」になると思うのだが…(笑)。
クリスマス近くになるとみな良い子(蚤助)