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Channel: ただの蚤助「けやぐの広場」~「けやぐ」とは友だち、仲間、親友という意味あいの津軽ことばです
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#607: 邦題はいいけれど…

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コルネット奏者レッド・ニコルスの半生を描いた映画『5つの銅貨』(The Five Pennies‐1959)は、ニコルスに扮したダニー・ケイの好演もあって心に長く残る作品である。ルイ・アームストロングとそのオールスターズ、ボブ・クロスビー、レイ・アンソニー、シェリー・マンなどのジャズ・ミュージシャンが多数顔を見せるのも嬉しい。

病気の愛娘のために音楽界を引退して造船所に勤めるダニー・ケイが、ある日、家族とともにレストランに出かけるのだが、妻役のバーバラ・ベル・ゲデスが目の前を通り過ぎた人物を見て「あら、ボブ・ホープだわ」と言うシーンが出てくる。その人物が画面を横切るのはほんの1〜2秒、あっという間なので、以前は気がつかなかったのだが、改めて確認してみたら本物のボブ・ホープであった。もちろんセリフはなくクレジットもされていないカメオ出演で、おそらくノーギャラだったと思うのだが、ああいうのをいわゆる友情出演というのだろうか。

ダニー・ケイは、歌も踊りもうまく、さらに物まね、顔芸、早口言葉(初期のタモリがインチキ外国語を駆使する芸はおそらくケイにインスパイアされたものではなかろうか)など、とても器用で芸達者な俳優だったが、ボブ・ホープはそれにさらに輪をかけた偉大なコメディアン、俳優、エンターテイナーであった。ケイの先輩挌にあたる。

1936年のレヴュー“Ziegfeld Follies Of 1936”に出演したホープを映画関係者が見て、ハリウッドに招聘され映画に出演するようになっていくのだが、結局生涯に50作以上の映画に出演し、アカデミー賞を5回受賞、英国王室からもナイトの称号を授与されたほか、アカデミー賞授賞式の司会を永年担当したことでも有名である。また、コメディアンとして、第二次大戦から湾岸戦争まで、いろいろな戦地での慰問活動を続け、「私はあまりにも多くの戦争を見てきた」とのコメントを残している。2003年に100歳で亡くなったときは、ブッシュ大統領が「偉大な市民を失った」と追悼し、カリフォルニアのバーバンク・パサデナ空港は、彼を記念してボブ・ホープ空港と改名したほどであった。

映画入りのきっかけとなった36年のレヴューでホープが歌ったのが“I Can't Get Started”という曲で、その翌年(37年)に、トランぺッターのバニー・ベリガンが弾き語り(ラッパだから「吹き語り」か)をしてヒットさせた。作詞アイラ・ガーシュウィン、作曲はヴァ―ノン・デュークで、ベリガン以後、数知れぬ歌手やミュージシャンがレパートリーにする名スタンダードとなっている。シンプルな循環コードと伸びやかなメロディラインが特色で、美しい旋律だけにインストゥルメンタルの名演も多い。

インストで真っ先に頭に浮かぶのが、クリフォード・ブラウン&マックス・ローチによるライヴ演奏である(こちら)。ブラウン=ローチの双頭クインテットの旗揚げ公演(1954)のライヴで、当時23歳のブラウニーの信じがたいほどのソロ・プレイが聴ける。

こちらもライヴで、ソニー・ロリンズがニューヨーク、ヴィレッジ・ヴァンガードで行ったライヴ録音(1957)。このときロリンズは初めてエルヴィン・ジョーンズ(ds)と共演(ベースはウィルバー・ウェア)。ピアノレスのトリオ演奏だが、ヴィレッジ・ヴァンガードで録音されたライヴ盤はこれが嚆矢であった。

ブラウニー、ロリンズのどちらも音楽史上に残る名演である。

もうひとつ蚤助のお気に入りが、ソニー・スティットの痛快な演奏である(こちら)。72年、バリー・ハリス(p)、サム・ジョーンズ(b)、アラン・ドウソン(ds)というリズム・セクションの好サポートを得て、スティットがアルト・サックスをバリバリと吹き切る。


(Sonny Stitt/Tune Up!)
ヴォーカルの方は、歌い手によって歌詞が違っているのが面白い。日本では、森進一がオリジナルにないセリフを付け足したとして作詞した川内康範からクレームがついてトラブルとなった例の「おふくろさん」事件のように、作詞者の意向を無視して歌詞を勝手に改変するなどもってのほか、御法度というところである。

オリジナルのバニー・ベリガンのものがおそらくアイラ・ガーシュウィンが書いた歌詞なのだろう。少し時代がかっていて古めかしいのだが、ベリガンはこう歌っている。

I've flown around the world in a plane
I've settled revolutions in Spain
The North Pole I have charted
Still I can't started with you…

僕は飛行機で世界中を飛び回り スペインでは革命を鎮圧
北極点も特定したのに 君とは何も始まらない
ゴルフをやればアンダー・パー MGMからは出演依頼
屋敷もあるし劇場も持っている なのに君のそばには居場所がない…
その上、世界恐慌はうまく切り抜け、グレタ・ガルボからお茶に招待されたり、ルーズヴェルト大統領から意見を求められ、英国王室に招待されたり…と自慢する。憎めない、ほら吹き男である(笑)。でも「君の前に来ると話しかけることさえできなくなる」。アイラ・ガーシュウィンという作詞家は実にお茶目である。

フランク・シナトラの場合は、さらに、IBMがブレーンに欲しがるだとか、天下のデザイナーも俺のスタイルを真似するだとか、言いたい放題だ(笑)。だけども「君は僕に目もくれない」と嘆くのである(こちら)。ヴァースからじっくり歌うが、このゴードン・ジェンキンスのアレンジと伴奏はこよなく美しい。


(Frank Sinatra/No One Cares)
この曲、邦題が『言いだしかねて』というロマンティックで語呂もいいタイトルとして知られるが、どっこい、主人公の「僕」がこれだけホラを吹いていて、この邦題はないだろうと思う(笑)。あの手この手、口八丁手八丁で告白するのだが、まったく相手にされず、結局フラれてしまうという歌なのだ。君への想いを「言いだしかねて」いる純情な男の物語ではなく、「俺ってこんなにもすごいんだぜ」と自慢をしながらも彼女から無視されるという、哀れな男の歌なのだ。つまり、「君への想いを言いだせない」のではなく「君にはお手上げだ」という意味なのである。

いろいろな歌手が、歌詞を変えて歌っているので、聴き比べるのも楽しいが、女性歌手の場合は「性転換」して歌うのが普通(笑)。女優・モデルとしても有名なシビル・シェパードが、スタン・ゲッツと共演したアルバム(76年)の中では、「二度もミス・アメリカになっているほどの私なのに、さっぱり振り向いてくれないの」と嘆いているのが可笑しい(こちら)。


(Cybill Shepherd/Mad About The Boy)

大時代的な内容だけれど、なかなか面白い歌だ。

体重計女心は計りかね(蚤助)


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