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Channel: ただの蚤助「けやぐの広場」~「けやぐ」とは友だち、仲間、親友という意味あいの津軽ことばです
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#633: Just In Time

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ずいぶん前のことになるが、“Bells Are Ringing”というミュージカルについて触れたことがある。1956年にブロードウェイで上演された作品で、『雨に唄えば』、『バンド・ワゴン』、『踊る大紐育』などの名作ミュージカルを世に出したベティ・コムデンとアドルフ・グリーンの名コンビが脚本と作詞を、作曲はジュール・スタインが担当した。主演はジュディ・ホリデイ、それにチャールズ・チャップリンの長男シドニー・チャップリンが共演したが、これがシドニーのブロードウェイ・デビューであった。

60年にヴィンセント・ミネリの手で映画化され、ブロードウェイの舞台で評判をとったジュディがそのまま主演、舞台でシドニーが演じた役にはディーン・マーティンが起用された。ただ、この映画は音楽もコミカルなストーリーもそんなに悪くなかったのに、どうしたことか日本では遂に公開されなかった。現在ではDVDが発売されている。



ジュディ・ホリデイという女優は、歌って踊れる上に達者なコメディエンヌでもあり、『ボーン・イエスタデイ』でアカデミー主演女優賞を獲ったとてもいい女優だった。乳癌で早世してしまったのが惜しまれる。蚤助は彼女が残した数枚のヴォーカル・アルバムを時折引っ張り出して聴くことがある。女房の生命を奪った憎き病なので、乳癌で亡くなった女性歌手や女優にことのほか深い思い入れがあるのかも。きっとセンチメンタリストなのだろう(笑)。


(Judy Holliday)
ディーン・マーティンといえば、ジェリー・ルイスとの底抜けシリーズでコメディアンとして活躍、その後“ディノ”の愛称で、女たらしのアル中男の役柄がピッタリとはまる俳優であった。また、“Volare”、“That's Amore”、“Everybody Loves Somebody”などのヒット曲を放ったポピュラー歌手でもあった。彼の歌の粋なフィーリングは、なかなか魅力的で、ジャズ歌手としてもかなりの実力があったと思う。


(Dean Martin)
このミュージカルから生まれた“Just In Time”という曲は、劇中ディノとジュディによって歌われた(こちら)。ディノの歌は、同年にネルソン・リドルの編曲指揮のオーケストラの伴奏でスタジオ録音したものが大ヒットした。彼はポピュラー歌手であることは間違いないが、あの独特のノンシャランな唱法には、ジャズのセンスがなければ出せないフィーリングが秘められている。ゆとりある男の魅力と言うべきだろうか。

JUST IN TIME
(Words by Betty Comden, Adolph Green / Music by Jule Styne)

Just in time, I found you just in time
Before you came my time was running low…

ちょうどいい時にあなたと出会った
あなたが現れる前は 私の人生は落ち込んでいた
私は迷子で 勝ち目がないサイコロだった
私の橋は行く手を阻まれ どこへも行けなかった
今 あなたがいる どこへ行こうと 疑いも恐れもない
私は進むべき道を見つけた
恋がちょうどいい時にやって来た
ちょうどいい時に あなたは私を見つけ
私の寂しい人生を素晴らしい日々に変えてくれた…
いやあ、歌の主人公の人生はボロボロのどん底だったようだが、そういう時だからこそ、心機一転のチャンスはあるものだ。現状に甘んじてしまっていては、たとえ幸運の女神が鼻先を通りかかっても気づくわけなんてないからね(笑)。新しい恋の始まりを予感させる前向きなラヴソングである。

♪ ♪
フランク・シナトラが、親友であったデイノをさしおいて、金を払って聴くならトニー・ベネットだと評していたことはよく知られている。アメリカのポピュラー音楽界、いやエンターテインメントの大御所でもあったシナトラはベネットをベスト・シンガーだと言ったのだ。もっとも、そのシナトラにしてもベネットにしても、そういつでもヒット曲を出しているわけではない。ヒットを出すということと偉大な歌手であるということはまったく次元の違う話なのだ。ディノの歌が大ヒットした“Everybody Loves Somebody”はシナトラが最初に歌った歌だし、トニー・ベネットのエヴァーグリーン曲“I Left My Heart In San Francisco”にしたって、ベネットが創唱したわけではない。だからといって、自分の歌を他人が歌うなとクレームがつけられることはない。そういうところが、アメリカの音楽界が日本に比べてずっと大人なところである。

翻って、日本に目を向けると、その昔、ミニスカートが良く似合ったかの黛ジュンが『真赤な太陽』(♪真赤に燃えた太陽だから〜)を歌おうとしたら、私の歌を勝手に歌うなと美空ひばり(というより一卵性母娘と呼ばれたお嬢の母親の方だったか?…)が怒ったという。もっとも美空ひばりだって、デビュー当時、ブギの女王だった笠置シヅ子から、同じように自分のブギを勝手に歌うなと言われた経験があったのだ。こんな話はアメリカでは皆無であろう。紅白歌合戦のような発想も絶対にない。

ということで、正統派トニー・ベネットも“Just In Time”を度々コンサートの冒頭に歌って彼の十八番にした。「ちょうどいい時にあなたと出会った」という歌詞がライヴのオープニングにピッタリくるからだろう。もちろん、ディノからもほかの誰からもクレームなんかつけられたわけがない。こちらは85歳のトニーのコンサートからだが、こんな素敵な爺さまになりたいものだ(笑)。

もうひとつ、何回も登場するメル・トーメ。彼の名盤『Swings Shubert Alley』におけるヴァージョンにも聴きほれてしまう(こちら)。ウォーキング・ベースのイントロで始まりマーティ・ペイチの凝ったホーン・アレンジにのった素晴らしい快唱である。

♪ ♪ ♪
もし蚤助が女性に生まれたとして「ちょうどいい時にあなたと出会った」などと耳元でささやかれたら、果たしてどうしよう?(笑)。

早いのも時間ルーズになるだろか (蚤助)

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