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Channel: ただの蚤助「けやぐの広場」~「けやぐ」とは友だち、仲間、親友という意味あいの津軽ことばです
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#641: いちばん長い日

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今年は第二次世界大戦の戦況のターニング・ポイントとなった連合国軍によるフランス北西部のノルマンディー上陸作戦から70周年。
ノルマンディー上陸からナチス・ドイツが占領するパリ奪還までの一連の侵攻作戦には、正式には“オーバーロード”(大君主)という名が付けられているようだが、この上陸作戦はアメリカ、イギリス、カナダを中心にした連合軍によって1944年6月6日の夜明け前から開始された。

報道によれば、Dデイ(作戦決行日)の6月6日、フランス北西部ノルマンディー地方で各種行事、記念式典が開催された。
70周年の式典には、アメリカのオバマ大統領、イギリスからエリザベス女王、カナダからハーパー首相、当時枢軸国側だったドイツからメルケル首相、イタリアからはナポリターノ大統領が参加したほか、ロシアのプーチン大統領ら19か国の王室、首脳が出席した。
主催国フランスのオランド大統領は、緊迫するウクライナ問題をはじめとする各地の内戦や地域紛争を意識したのであろうか、「世界平和の建設のための戦いは今も続いている」と演説したと伝えられている。


1962年に公開された映画『史上最大の作戦』は、FOXの大プロデューサーだったダリル・F・ザナックが当時で40億円以上の巨費を投じて製作した戦争映画で、Dデイをドキュメンタリー・タッチで描いた超大作であった。
無論、現在のようなCG処理など考えられない時代の作品である。
兵隊のエキストラの数が延べ15万7千人だったそうだから、それだけでも気が遠くなるハナシだ。
使用した爆弾が4万発、現実に上陸作戦に使用されたのは40万発というから、本当の戦闘の十分の一が映画のために使われたわけだ。
この数字は多分に宣伝用の匂いもしないわけではないが、ノルマンディー上陸作戦を描くためには、これほどの物量を投入しなければ、そのスケール感は表現できなかったということなのであろう。

原題は“The Longest Day”。このシンプルな原題は、開巻直後、タイトルが表示される前のドイツ軍ロンメル将軍(ヴェルナー・ヒルツ)のセリフからとられている。

「上陸作戦の勝敗は24時間で決まる。わが軍にとっても連合軍にとっても、いちばん長い日になるだろう」

邦題の『史上最大の作戦』というのは、「いちばん長い日」というタイトルにしたのでは日本では地味すぎると考えた水野晴郎がつけたものだそうだ。
当時、彼はFOXの宣伝部員だった。
「いやぁ、映画って本当にいいもんですね〜」(笑)。

この映画を劇場で見たのは、蚤助が中学生になってからのことで、封切館ではなく、当時は普通にあった二番館、三番館といった地方のドサ回り上映だったと思う。
確か友人カップルとの映画のダブル・デートだった記憶がある。今となってはとてもデートにふさわしい作品だったとは思えないが…。
当時のガールフレンドがポール・アンカのファンだったこともあり、この映画にアメリカ陸軍のレンジャー隊員として彼が出演していたし、ラジオからは「史上最大の作戦マーチ」がしきりと流れていたものだ。


このテーマ曲はポール・アンカの自作だが、彼自身の歌はサウンドトラックには出て来ない。ミッチ・ミラーの一隊によるヴァージョンがエンディングに流れる。映画全体の音楽担当はモーリス・ジャール、ベートーヴェンのシンフォニー第五番(運命)をモチーフにした導入部が印象的であった。

エキストラや爆弾の数だけではない。英米独仏のスターを動員したことでも他に例をみないスケールであった。
アメリカから、ジョン・ウェイン、ヘンリー・フォンダ、ロバート・ミッチャム、ロバート・ワグナー、ロバート・ライアン、エディ・アルバート、レッド・バトンズ、エドモンド・オブラエン、ロッド・スタイガー、イギリスから、リチャード・バートン、ピーター・ローフォード、ショーン・コネリー、ドイツから、クルト・ユルゲンス、ピーター・フォン・アイク、ゲルト・フレーベ、フランスから、ジャン=ルイ・バロー、アルレッティ、ブールヴィルその他の名優が多数出演している。
今ならこれら俳優の顔と名前はすべて分かるが、中学生だった蚤助には、ウェイン、フォンダ、ミッチャム、ライアン、バートン、コネリー、ユルゲンス、ブールヴィルの顔くらいしか分からなかった。特にショーン・コネリーはこの映画が公開された直後、例のジェームズ・ボンドを演じて大スターとなったが、この作品ではまだコメディリリーフ的なチンピラ兵士の役どころだった。
余談だが、出番はほんのちょっぴり、連合軍の最高司令官、ドワイト・アイゼンハワー将軍(後のアメリカ大統領)を演じたのがヘンリー・グレイスという人。アイクの風貌に良く似たそっくりさんである(笑)。

♪ ♪
このオールスター作品において主役は誰かと言えば、アメリカ空挺部隊(パラシュート降下部隊)の隊長を演じたデュークことジョン・ウェインであろう。その存在感は抜群で、片脚を複雑骨折しながらも部隊を鼓舞し進軍しようとする。特にパラシュート降下中に攻撃されて、街路樹にぶら下がったままの部下の死体を見つめる悲痛な表情などまことに見事だった。


当初、この役はウィリアム・ホールデンにオファーされたものだったらしいが、彼が断ったため、デュークにお鉢が回った。それがデュークのプライドを傷つけたという。
さらに、プロデューサーのザナックは、デュークが製作・主演した大作『アラモ』の興行的失敗を批判していたこともあって、デュークと仲が悪かった。
しかし、オールスター映画にデュークが不可欠ということで、白紙の小切手を用意した。デュークの出した条件は、「主演扱いをすること、出演料は20万ドル」というものだった。他の大スターのギャラは最高で3万ドルだった。デュークはさすがにザナックも諦めるだろうと思っていたが、ザナックはこの条件を呑んだ。もっとも、デュークは後に「あんなに吹っかけてザナックに申し訳なかった」とのコメントを出している。

どうもカネのハナシばかりで恐縮だが、ついでに言っておくと、フランス人の出演料はアメリカの俳優より安く抑えられたそうで、当時、ほとんど新人だったパラシュート降下隊の一等兵を演じたリチャード・ベイマーでも、神父役のフランスの名優ジャン=ルイ・バローよりギャラが高かったそうだ。

撮影スタッフがとりわけ気を遣ったのが、デュークとその上官に当たる空挺師団の副師団長を演じたロバート・ライアンが会話するシーンだったそうだ。デュークが政治的にタカ派、ライアンはハト派の代表的な俳優と見られていたからで、現場スタッフは政治的な話題にならないよう細心の注意を払ったという。

♪ ♪ ♪
久しぶりにこの超大作をDVDで再見して、水平線に連合軍の大艦隊が現れてくるシーンや、長い海岸線に上陸する連合軍に機銃掃射を浴びせるドイツの戦闘機のコックピットから見た俯瞰シーンなど驚くばかりだ。また、改めて感心したのは、クリスチャン・マルカンが率いるフランスのコマンド部隊が、一つの町を死守するドイツ軍の部隊に突撃する情景を延々とカットを変えずに空撮した戦闘シーンなどまことに見事である。

ノルマンディーに向う駆逐艦の艦長を演じたロッド・スタイガーが部下に言う。

「よく覚えておけ。100年先まで語り継がれる作戦に我々は参加しているんだ。怖いことに変わりはないが」

また、最も突破が困難で多大な戦死者を出したオマハ・ビーチ上陸作戦の指揮官を演じるロバート・ミッチャムは、いつも葉巻をくわえているというキャラクター。彼が激しいドイツ軍の抵抗のため釘づけされてしまった海岸で言う。

「ここに残るのは二種類の人間しかいない。すでに死んだ者とこれから死んでいく者だ」


延べ15万7千人というエキストラによるモブシーンが素晴らしい効果を上げているのは確かだが、ミッチャムが戦闘が終わった後、葉巻をくわえて悠然とジープに乗るラスト・シーンなど、しょせん兵士はチェスの駒のように消耗され使い捨てられる存在、という戦争における冷徹な現実をよく表していると思う。

この映画の最後の方で、行軍の途中で所属部隊とはぐれてしまった一等兵リチャード・ベイマーが、重傷を負って動けなくなっているイギリスのパイロット、リチャード・バートンと出会い、遠くから届く爆音を聞きながら言う。

「どっちが勝ったんでしょう」


超大作で見どころも盛りだくさんな映画だが、今日の目でみると意外なほどプロパガンダ的な要素は薄く、観方によってはむしろ反戦・厭戦のムードすら感じられる。この映画が製作されるほんのふた昔ほど前、敵国同士として戦った人々が協力して一本の映画を作り上げているのだ。ただの勇壮なだけの戦争映画にしなかったところが、成功の一因であろう。
同年のアカデミー賞は『史上最大の作戦』と強敵『アラビアのロレンス』との一騎打ちと見られていたが、基本的にデュークを嫌っていたアカデミーは『ロレンス』に作品賞を含む7冠を与えたのに対し、『史上最大の作戦』には撮影賞(白黒)、特殊効果賞という比較的地味な2部門を与えたにとどまった。その夜、FOXの重役たちは「たとえ50万ドルのギャラを余計に払うことになったとしてもデュークを主演扱いにすることだけは断るべきだった」と言ってやけ酒を呷ったという。

♪ ♪ ♪ ♪
戦争を知らない子供たちが政治の中心となって、何だかきな臭いにおいが漂い始めている感もある日本の今日この頃。戦争を知らないならば、今後とも知らないままでいたいものだ。どうしても戦うというなら、せめてサッカーの試合あたりで決着をつけるっていうのはどうよ…。

個々人は何も恨みはない戦争 (蚤助)


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