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Channel: ただの蚤助「けやぐの広場」~「けやぐ」とは友だち、仲間、親友という意味あいの津軽ことばです
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#718: ジョルジ・ベン・ジョール

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 久方ぶりにブラジル音楽(MPB)について書く。

 ジョルジ・ベン・ジョール(Jorge Ben Jor)はリオ・デ・ジャネイロ出身の歌手、ギタリストである。つまりはカリオカ(リオっ子)だ。サンバに初めてエレクトリック・サウンドを持ち込んだ人物で、ソウルやファンク、ロックを取り入れたミュージシャンとして知られ、広くブラジルの音楽ファンの支持を獲得し、今やMPBの重鎮である。ベンジョール(Benjor)と表記されることもある。

 まずは、これを聴いてもらおう。


 72年にリリースされた「Taj Mahal」(タジ・マハール)という曲だが、何年か前にトヨタ自動車のCMに使われていたのでご存じの方もあるのではないだろうか。ジョルジの自作曲である。

 そしてもう一曲、こちらも聴いていただこう。


 79年の世界的な大ヒット曲「Da Ya Think I'm Sexy?」(アイム・セクシー)、ロッド・スチュワートである。ロック・ミュージシャンがディスコ・サウンドをレパートリーにしたということも話題を呼んだが、この2曲はとても似ている部分がある。今となってはとても信じられないことだが、何を血迷ったのか、ロッド側が盗作されたとしてジョルジを訴えたのである。判決は原告のロッド側が全面敗訴するという結果となった。ジョルジの方が製作年が古いのだから当然であった。スーパースター、ロッド・スチュワートの名声は地に落ちてしまった。栄光に包まれたアーティストが逆に盗作をしたという汚名を着せられるのはプライドが許さないと想像に難くないが、ロッドの良心だったのであろうか、「アイム・セクシー」の印税はユニセフに寄付されることになった。ロッド自身はその自伝の中で、ジョルジの曲を聴いていて無意識のうちに影響されていたことを認めている。

 一方、勝訴したジョルジは、盗作疑惑をかけられたこと、その名前がアメリカのジャズ・ギタリスト、歌手のジョージ・ベンソンとよく混同されたことなどから、名前をそれまでのジョルジ・ベンから、ジョルジ・ベン・ジョール(Jorge Ben Jor)と改名した。ジョールはジュニアのことではないかと個人的に思っているのだが確証はない(笑)。

 紹介の順序が前後してしまったが、ジョルジの作で一番知られているのが、「Mas Que Nada」(マシュ・ケ・ナーダ)であろう。66年にセルジオ・メンデス&ブラジル’66のしゃれた白人的センスの演奏と歌で大ヒットした。その2年ほど前からアメリカで活動していたメンデスのメリハリの効いたピアノ、女性二人のクールなユニゾン・ヴォーカル、歯切れのいいリズム。ポップスとしての完成度は高く、蚤助をすぐにレコード・ショップに走らせた思い出の曲であり、ジョルジの出世作でもあった。彼の曲にはシンプルなコード進行に力強いメロディが乗ったものが多いのだが、これもまさにそんなタイプの曲で、サンバのリズムに Oaria Raio, Oba Oba Oba と呪文のようなフレーズが躍動する。


MAS QUE NADA (1963)
(Words & Music by Jorge Ben)

Mas que nada
Sai da minha frente
Eu quero passar
Pois o samba esta animado
Que eu quero e sambar
Esse samba que e misto de maracatu
E samba de preto velho
Samba de preto tu
Mas que nada
Um samba como esse tao legal
Voce nao vai querer que eu chegue no final...

マシュ・ケ・ナーダ(でも何だってんだい)
前をどいてくれ
俺が通りたいんだ
サンバが熱気を持っているんだ
俺はサンバを踊りたいんだ
このサンバはマラカトゥのミックス
古い黒人のサンバ
黒いお前のサンバ
マシュ・ケ・ナーダ(でもどうしたんだい)
こんなにサンバがいかしてるのに
終わりにしてくれなんて思ってはいないだろ…
 このgooブログでは、ラテン系の言語に多いアルファベットのアクセント記号の表示の仕方が 分からないのでここでは省略してある。

 さて、肝心の「マシュ・ケ・ナーダ」の意味である。ポルトガル語の Mas というのは英語の But にあたる接続詞だ。ご承知の通り、ポルトガル語やスペイン語を日本人が発音するときには基本的にカタカナ読みをすればいいのだが、ただひとつ、ブラジルでは 単語の頭にくる Ra Ri Ru Re Ro をハヒフへホと発音することが多い。Rio de Janeiro はヒオ・デ・ジャネイロだし、Radio はハジオ、Rock はホッキ(貝の名前みたいだが…)となったりする。基本は Mas Que Nada は「マス・ケ・ナーダ」でいいのだが、カリオカには特有の訛り(柔らかい京都弁みたいなもの?)があり、「マス」を「マィシュ」と発音する人が多い。発音だけだと Mais (英語の More)と間違いやすいのだ。日本のレコードやCD、解説でさえ Mais Que Nada と曲名が書いてあったりするのは誤りでご愛嬌というものだ。

 Que は英語の What で、Nada は Nothing で、「何もない」「無」「べつに!」「なんでもない」などの意味だ。 De (Por) Nada なら「どういたしまして、とんでもない」という慣用句だ。 ここもやはり慣用句 Que Nada? で、おそらく What's Happen? 、「何でもないさ」とか「どうしたんだい」とか「何だってんだい」というニュアンスだ。つまり「そこのけ、そこのけ、サンバが通る」という歌なのだ(笑)。

 歌詞に出てくるマラカトゥというのは、アフリカ起源の歌と打楽器だけで演奏されるプリミティヴな音楽で、これにダンスが付属したりする。ブラジル・ポピュラー音楽の土台となっている伝統芸能である。

 ジョルジ自身は、63年に冒頭画像のアルバム「Samba Esquema Novo」(新しいサンバの概要)で最初の録音をしているが、ブラジル’66よりも土着的でコクがありソウルフルだ。伴奏はゼー・マリア楽団、アフロ・ブラジルのアイデンティティーをアピールした黒いブラジルの名曲である。


 ジョルジは、少年時代にリオの名門サッカー・クラブ「フラメンゴ」(そう、あのジーコをはじめ錚々たるブラジル代表を輩出した!)のジュニア・チームの選手だったこともあり、現在でも熱烈な(フラ)メンゴ・ファンとしても有名だ。蚤助自身、フラメンゴ区に住んでいたことから、やはり(フラ)メンゴのファンだが、69年にその(フラ)メンゴのために書いたのが「Pais Tropical」(熱帯の国)だ。やはりセルジオ・メンデスのアレンジで祝祭感が増し、聴きごたえ十分だ。


 同じく、メンデスがヒットさせた「Chove Chuva」(ショヴィ・シューヴァ=雨降りの意)、英語のタイトルは「Constant Rain」もジョルジの作。これも素晴らしい楽曲だ。


 ジョルジは何度か来日しているが、彼の名がまだそんなに知られていない72年に日比谷公会堂で行われた初来日のライヴは伝説的なコンサートとされている。かつて日本だけで2枚組LPが実況録音盤としてリリースされたことがあるが、すでに廃盤になっておりCD化を望む声は多い。蚤助もその一人だ。いかん、すっかり思い入れの強い記事になってしまった(笑)。

はっきりと世代が分かるリクエスト   蚤助

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