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Channel: ただの蚤助「けやぐの広場」~「けやぐ」とは友だち、仲間、親友という意味あいの津軽ことばです
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#435: 幕末太陽傳・前編〜サヨナラだけが人生だ

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勧 君 金 屈 巵
満 酌 不 須 辞
花 発 多 風 雨
人 生 足 別 離
唐の詩人、于武陵(うぶりょう)の五言絶句『勧酒』である。
書き下し文では「君に勧む金屈巵(きんくつし・金の杯)/満酌辞するを須(もち)いず/花発(ひら)いて風雨多し/人生別離足(おお)し」とされているようだ。

井伏鱒二は、上田敏や堀口大學と同様、外国の詩歌をただ訳出するだけでなく、完全に「日本語の詩」に変容させた。
井伏の訳詩はどこか不思議でユーモラスであるが、『勧酒』はこうである。

コノサカズキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガセテオクレ
ハナニアラシノタトエモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
井伏を文学の師と仰いだ太宰治は「さよならだけが人生だ」という師の言葉を『グッド・バイ』で引用した。
また太宰と同郷の寺山修司は「さよならだけが人生ならば人生なんかいりません」と返歌を書いている。
寺山は井伏の訳にネガティヴなイメージを読み取ったのだろうが、ペーソスを感じられこそすれ、人生を嘆く雰囲気はあまりないのではなかろうか。
『勧酒』は「人生は別離ばかり、だからこそ今こそこの酒を楽しもう」という感慨であろう。
寺山は、おそらく太宰のイメージにひきずられたのに違いない(笑)。

さらにこれに留まらず、映画監督川島雄三(冒頭画像)が書いた本のタイトルが『花に嵐の映画もあるぞ』であり、今村昌平が編んだ川島の評伝が『サヨナラだけが人生だ〜映画監督川島雄三の生涯』、同じく藤本義一が書いた評伝が『川島雄三、サヨナラだけが人生だ』という風に、いずれも井伏訳『勧酒』の一節が引用されている。
川島は、井伏鱒二の大ファンであり、「サヨナラダケガ人生ダ」という一節を愛用していたという。

川島雄三(1918‐1963)は青森県下北半島の田名部町(現むつ市)生まれで、太宰や寺山と同じ青森出身であった。
生涯51本の作品を監督、何よりも日本映画における最高傑作喜劇として名高い『幕末太陽傳』(1957)を撮ったことで名を残している。
よく知られているように、難病である筋委縮性側索硬化症(ALS)に冒されていて、生前「この種の病気を抱えながら有名人になったのは、オレとルーズベルトくらいだ」と自嘲していたという。

♪♪♪♪♪♪
2012年は日活創立100周年にあたるが、それを記念して『幕末太陽傳』のデジタル修復が行われ、昨年からカンヌ国際映画祭をはじめ世界各国で巡回上映され、日本でも一般公開された。
そのデジタル修復版が、先般、NHKのBSプレミアムで放映されたが、画面も音声も実に鮮明で素晴らしい仕上がりとなっていることにあらためて驚いた次第である。



今更何だと言われそうだが、これは傑作である。
半世紀以上前の時代劇であるが、かねてから熱狂的な支持者を得ているカルト的映画であり、1999年にキネマ旬報が行った「オールタイム・ベスト100〜日本映画編」では総合5位(コメディとしては最高位)にランクされている。

この映画が製作された前年(1956)に日活は『太陽の季節』(古川卓巳監督)と『狂った果実』(中平康監督)を大ヒットさせていたが、これらの映画を契機に登場した太陽族に対する世間の風当たりは強く、日活内部でも「太陽族映画」へのアレルギーがあった。
そんな中で、川島の提出した脚本(川島、田中啓一、今村昌平の共同脚本)は、まさしく時代設定こそ幕末ではあるが太陽族を彷彿とさせるものであったこと、それまで高尚な文芸映画より一段低いものとみなされていた喜劇映画であったこと、石原裕次郎、小林旭、二谷英明らのスター俳優を脇役に回してジャズ・ドラマー出身のフランキー堺を主役に据えたことに加えて、セット予算など製作費の問題、川島監督自身の処遇問題などが重なり、映画の完成まで日活上層部との軋轢が絶えなかったという。

さて、前口上も長くなったところで、いよいよ本編…

♪♪♪♪♪♪
文久2年(1862)暮れの品川宿。
夜の街道筋で馬上のイギリス人と志道多聞(二谷英明)ら攘夷の志士達がひと悶着。
   (注)志道多聞は後の井上馨である。

鉄砲で手を撃たれ懐中時計を落とす多聞。
すかさず野次馬の中から飛び出してそれを頂戴するのが主人公の佐平次(フランキー堺)。

映画のタイトルとともに画面は一転、現代(昭和32年当時)の品川。
「東海道線の下り列車が品川駅を出るとすぐ…」という加藤武による軽妙なナレーションと、ディキシーランド・ジャズ風の演奏で、アーヴィング・バーリンの『ALEXANDER'S RAGTIME BAND』が聞こえてくる。
音楽担当は黛敏郎だが、いかにもこれから面白い映画が始まるという予感がしてくるから不思議だ。
スタッフ、出演者のオープニング・ロールに重ねて品川が紹介された後で「さがみホテル」のネオンが映され、画面は「相模屋」の行灯に変わる。
時は再び文久の幕末へ…実にうまい導入部である。

相模屋に佐平次が仲間3人(西村晃、熊倉一雄、三島謙)を引き連れて入ってくる。
芸者を挙げて夜を徹してドンチャン騒ぎ、太鼓を自ら叩くフランキーは、ドラマーらしくジーン・クルーパ流にクルクルと撥を回したり、実に楽しい演出である。



翌朝、ひとり残った佐平次、請求書を持ってきた若衆(岡田真澄)に、「ほう、こんなものかい。あれだけ遊ばしてもらって、ばかに安いねえ」などと言ってはぐらかし、酒の追加を頼んだりして支払いを先延ばしにする。
散々気を持たせた挙句、あっけらかんといかにも愉快そうに開き直る。

「ところがだ、この俺が一文も懐に持ってないってんだから、面白いじゃねえか」

佐平次は、店に居残って働いて返すことになる。

しかし、この男、大変な才人なのであった。
相模屋中を駆け巡って大活躍をするのである。

勘定をため込んだ高杉晋作(石原裕次郎)ら攘夷志士からはカタを取ってくる、女郎のこはる(南田洋子)に入れ揚げた末に、年季が明けたら一緒になろうという起請文が衝突してしまった仏壇屋の親子(殿山泰司、加藤博司)の前では、自分で書いたばかりの起請文を懐から取り出し、包丁を片手にこはるに対して「てめぇはよくもこの俺に!」と芝居を打ってその場を収め、親父の方から小遣いまでせしめる。

こはるとおそめ(左幸子)は相模屋の一番人気を争うライバル同士で、何かにつけていがみ合っている。
時には取っ組み合いまでする。
助監督を務めていた今村昌平は、本気で喧嘩させるように、南田洋子と左幸子の双方にお互いの悪口を吹き込んだ、と述懐している。
映画関係者っていうのは人がワルイね、ホント(笑)。

こはるに差をつけられつつあるおそめは、ふと厭世観にかられ、おそめにぞっこんの貸本屋の金造(小沢昭一)と心中未遂事件を起こして、テンヤワンヤの大騒ぎに発展させたりする。

そうしているうちに、要領のいい佐平次を女郎衆が放っておくわけがない。
「いのさん」とか「居残りさん」とか呼ばれるようになっている。
こはるとおそめがお互いに言い寄るものの「胸の病にゃ女は禁物」と受け流し、寝起きする行灯部屋で薬の調合に専念するのである。
このあたりは、川島監督の現実の姿が投影されているかのようだ。

佐平次は、陽気でありながら他人とは深い関わりを持とうとしない。
「へいへい、何でげしょう」と明るい声を上げて飛び出していく佐平次が、行灯部屋に戻り、独りになったときに見せる深い翳り、佐平次は重篤な胸の病を抱えているのである。
こうした底抜けの陽性と深淵をのぞくような虚無の両面性は、フランキー堺にしか演じられなかったのではなかろうか。
川島雄三監督の「喜劇で傑作を作り、喜劇映画の地位を向上させたい」という覚悟というようなものも感じられる。
結局それは生涯を通じて貫かれることになるのだが…。

ここから、相模屋の放蕩息子の徳三郎(梅野泰靖)と女中おひさ(芦川いづみ)の駆け落ち事件、攘夷の志士達の企みなどいくつかのエピソードが並行して描かれていく。

女中おひさは、父の大工長兵衛(植村謙二郎)の借金のカタに働かされているが、結局借金を支払えずついに女郎として店に出されそうになる。
相模屋の放蕩息子徳三郎は何かとおひさのことが気にかかっていて、二人はついに駆け落ちを企てるが、両親(金子信雄、山岡久乃)の知るところとなり、土蔵の中に幽閉されてしまう。

一方、、高杉らは御殿山にある英国公使館の焼き打ちを狙っていたが、肝心の絵図面が手に入らない。
徳三郎・おひさと攘夷志士たちというこの二組の頼るところはやはり佐平次なのだった。

さてさて、『幕末太陽傳』、物語が佳境に入ったところではありますが、予定の時間が到来してしまったようで…
前編はひとまずここまで、後編を乞うご期待…

♪♪♪♪♪♪
世の中、腰の軽い佐平次ばかりではありません。
こういうヒトもいるのです。

「ハイハイと返事軽くて重い腰」(蚤助)
本作の脚本の根幹は、古典落語にありますが、その落語的世界に血を通わせ肉付けをし、現代風のテンポで描かれています。
「居残り佐平次」を軸に「品川心中」「三枚起請」「お見立て」など遊郭を舞台にした落語が脚本に盛り込まれていますが、特に落語「居残り佐平次」では、佐平次は身体の具合がよくないので品川に養生に来た、という設定になっています。
それにしても、品川の女郎屋をまるでサナトリウムのように見立てるのが、落語のすごい発想力だと思います(笑)。


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