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Channel: ただの蚤助「けやぐの広場」~「けやぐ」とは友だち、仲間、親友という意味あいの津軽ことばです
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#493: Little Girl Blue

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#472で取り上げたミュージカル『ジャンボ』(Billy Rose's Jumbo‐1935)は、リチャード・ロジャース(作曲)とロレンツ・ハート(作詞)の名コンビ(画像)による作品であったが、多額の費用をかけて製作されたという。

なにしろサーカスが主な舞台で、アクロバット的なシーンやスペクタクル的な演出も多い上に、主人公が象のジャンボ君だったので余計に費用がかさんだようだ。
さらに当時の世界的な不況もたたって、客の入りがあまり芳しくなく、上演は5ヶ月ほどで打ち切られてしまった。

1962年になって、日本でも人気が高かったドリス・デイの主演で映画化された。
彼女が出たミュージカルとしては、『パジャマ・ゲーム』以来5年ぶりの作品であり、ワクワクしながら映画館に通ったファンもいたようだ。
念のために言っておくが、ドリス・デイが象のジャンボを演じたわけではない(笑)。

 (ドリス・デイ)

象のジャンボの芸を売り物にするサーカス一座と、ライバル関係にあるサーカス団のもめごとを背景に、それぞれの一座の団長の娘と息子のロミオとジュリエットばりの恋物語がからむというストーリーだった。
以前も取り上げた“MY ROMANCE”(#472)は、このミュージカルから生まれた名曲だが、もうひとつ忘れてはならない曲がある。
“LITTLE GIRL BLUE”という曲で、『ジャンボ』のハイライトとなるナンバーである。
映画ではいずれもドリス・デイが歌った。

音楽評論家の山口弘滋氏によると、映画が最初日本で封切されたときには、この二曲がカットされていたのだそうだ。
ミュージカルの主要ナンバーの二曲のシーンをカットして劇場公開する凄まじい神経の持ち主がいたことに愕然とする。

“LITTLE GIRL BLUE”は、タイトル通り、ブルーなムードにあふれた美しいバラードである。

 ♪ そこに座って 指折り数えているだけ
   何ができるのか ただそれだけを指折り数えるしかない
   不幸な少女の悲しみを

   そこに座って ただ雨の滴を数えているだけ
   降りかかる雨の数を もう気づくべきだ
   できるのは雨を数えることくらいだと

   何をしても無駄 打ちのめされている
   希望はやせ細っていく ああ 誰かここに
   悲しみを知る少年を 連れてきてくれないか…

本当に落ち込んでいる精神状態というのはこんな感じではなかろうか。
何かしなくてはいけないと思いながら、何もすることができない。
雨に濡れながら、泣こうにも泣くことができない。
励ましの声も、慰めの言葉も無駄なのである。
周囲の人間ができることは何もない。
できることがあるとしたら、ただ、同じような悲しみを知る人間がそばに寄り添ってやることだけなのだ…



この曲は、1958年のニーナ・シモンのデビュー・アルバム(『ファースト・レコーディング』)を決して忘れてはならない。
ジュリアード音楽院でクラシックを学んでいた彼女だが、貧しい家族のために夜はクラブでピアノを弾き辛うじて生計を立てていた。
もっとも、彼女ならそういう生活を「不幸」だとは感じなかったであろう。
どんな境遇にいても、自分の音楽を奏でることが彼女にとっては無上の喜びであったはずだからだ。
クラシカルなタッチの個性的なピアノ弾き語りが、曲想と見事にマッチしてすばらしい効果をあげている。
ニーナ・シモンだけの美しい祈りの音楽である。



また、フィニアス・ニューボーン・ジュニアの『HARLEM BLUES』も力作である。
アート・テイタム、オスカー・ピーターソンの流れをくむ天才ピアニストであり、「アート・テイタムの再来」と称賛されるほど華やかなデビューを飾った。
88の鍵盤を両手でフルに使うピアニスティックなプレイは舌を巻く素晴らしさである。
だが、不幸なことに、彼は精神を病んで、音楽家としてまともに活動することができた期間は短かかった。
あふれるほどの才能がありながら、正当に評価されることのない存在であった。
だが、音楽家仲間からの評価は非常に高かったのである。
このアルバムでは、ベースにレイ・ブラウン、ドラムスにエルヴィン・ジョーンズという二人の巨匠が参加して、リラックスした演奏を繰り広げている。
1969年にこのメンバーで録音したスタジオ・セッションのうち、没にされてお蔵入りになったものを、1975年に発掘発売されたものである。
どのトラックも素晴らしい演奏で、なぜ没にされたかわからないほどである。
“LITTLE GIRL BLUE”は、人生の寂しさがにじみ出た哀愁に満ちたバラード曲だが、この三人は力強くスウィングさせ、聴きほれてしまう。


本日の一句
「プロセスが面倒くさくできぬ恋」(蚤助)


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