Quantcast
Channel: ただの蚤助「けやぐの広場」~「けやぐ」とは友だち、仲間、親友という意味あいの津軽ことばです
Viewing all articles
Browse latest Browse all 315

#496: そして今は…

$
0
0
“ムッシュ10万ボルト”というニック・ネームで知られるジルベール・ベコー(1927‐2001)は、実に情熱的でエネルギッシュな歌手だったが、彼のデビューはピアニストとしてであった。

画像では分かりにくいが、彼の特注ピアノは、鍵盤に向って右側の脚が短くて、客席から死角にならないよう鍵盤が見えるように設計されていたという。
特に政治的な意味があるわけではないと思うが、右側に少し傾斜しているピアノというわけである(笑)。
50年代から歌を歌い始めるとともに、自ら作曲もするようになっていった。




彼の代表的な歌100曲を集めたのが、『100 CHANSONS d'OR/BECAUD』(フランス輸入盤)という4枚組のCDアルバムである。

現在は廃盤になっているようだが、これを2,000円くらいの安値で入手したときの喜びは掛け替えのないものであった。
もっとも、フランス語のインナーシート(解説書)はあるものの、日本語の文章が一言もない。

彼の初期の作品で、フランス帰りのアメリカの歌手ジェーン・モーガンが歌ってヒットした“DAYS THE RAINS CAME”は、“LE JOUR OU LA PLUIE VIENDRA”(雨の降る日)という58年のベコーの作品であった。
また、エヴァリー・ブラザースが歌いスタンダード化している“LET IT BE ME”は“JE T'APPRTIENS”(神の思いのままに)だし、80年にニール・ダイアモンドと共作した映画『ジャズ・シンガー』のサントラ“LOVE ON THE ROCKS”やマレーネ・ディートリッヒのレパートリーであった“MARIE, MARIE”も彼の作品である。

その他、『ぼくの手』(MES MAINS)、『十字架』(LES CROIX)、『闘牛』(LA CORRIDA)、『小さな愛と友情』(UN PEU D'AMOUR ET D'AMITIE)、『プロヴァンスの市場』(LES MARCHES DE PROVENCE)、『無関心』(L'INDIFFERENCE)といった作品もベコーのヒット曲である。
これらの作品がすべてこの4枚組に収録されているわけではないが、ベコーの音楽的なキャリアが一通りたどることができるようになっている。

♪ ♪
彼の生涯の中でも重要な地位を占める作品は、『ナタリー』(NATHALIE)、『バラはあこがれ』(L'IMPORTANT C'EST LA ROSE)、『そして今は』(ET MAINTENANT)の三曲であろう。
特に『そして今は』は、ピエール・ドラノエの書いたオリジナルのフランス語による歌詞に、カール・シグマンの手で“WHAT NOW, MY LOVE”というタイトルの英語詞がつけられて、英語圏でも、フランク・シナトラ、エルヴィス・プレスリー、アンディ・ウィリアムス、シャーリー・バッシー、ソニー&シェール、サラ・ヴォーン、ベン・E・キングほか、多くの歌手が歌うようになった。
この歌を最初に英語詞で歌ったのは、やはりジェーン・モーガンだったが、ベコー自身も英語詞で歌ったものがある。

日本では越路吹雪や布施明などによって歌われている。
越路吹雪は、内藤法美のアレンジ、岩谷時子の訳詩によって、徐々に盛り上がっていくオーケストラの伴奏をバックにしつつ、意外にあっさりとした歌唱を聴かせる。
また、ずいぶん前、たしかNHK紅白歌合戦でこの歌を披露した布施明は、文字通りの大熱唱だった記憶がある。

♪ ♪ ♪
この作品の誕生のエピソードには諸説あるようで、どれが真実かは判然としない。

 ♪そして今は 何をすればいいのか
  あなたが去ってしまった今
  夜がやってくるのはなぜ
  朝は意味もなく巡ってくる
  
  あなたは大地を残していってくれた
  だがあなたのいない大地なんてちっぽけなものだ
  そして今 何をすればいいのか
  これ以上泣かないために 自分を笑うことにする
  そうすれば 朝には あなたを憎むことができる

  そしてある晩 鏡の中に
  私の末路がはっきりと見えるだろう
  さよならのときには 花もない 涙もない
  私には 何もできない…

こんな感じの内容だが、少なくとも失恋のどうしようもない心境を歌う曲であることは間違いない。  
  
一説には、ベコーが恋仲だったブリジット・バルドーと別れたときに書かれたといわれている。


(ベコーとバルドー)

他方、作詞者のドラノエが語る誕生の顛末はこうである。

1961年のある日、ベコーは飛行機の中で、恋人に会いに行く女優(オルガ・アンデルセン)と会った。
翌日、またもや偶然に、ベコーは彼女と機中で一緒になったが、そのとき彼女は悲しみに塞いでいた。
彼女の恋は一晩のうちに破綻してしまっていたのだ。
ベコーは彼女と昼食をともにしたが、その時、ピアノにもたれながら彼女はこうつぶやいた。
「そして今、何をしたらいいのかしら」と…。
ベコーはすぐ、曲ができたとドラノエに電話してきた。
結局、この歌は一日で完成してしまったのだという。

自作自演したベコーの歌は、早鐘を打つ心臓の音を想起させるボレロのリズムに乗って、静かに歌い始め、次第に感情を込めていく。
伴奏もピアノとベースのシンプルなものから、楽器もアレンジも複雑になっていきとことん盛り上がっていく。
ラヴェルの“ボレロ”と同じような展開で、まことにドラマティックな歌唱になっている。
ベコーの歌は62年のフランスのヒット・チャートを大いに賑わせた。

♪ ♪ ♪ ♪
定年を迎えたサラリーマンの「そして今は」…

本日の一句
「窓際は家にもあった定年後」(蚤助)

Viewing all articles
Browse latest Browse all 315

Trending Articles