Quantcast
Channel: ただの蚤助「けやぐの広場」~「けやぐ」とは友だち、仲間、親友という意味あいの津軽ことばです
Viewing all articles
Browse latest Browse all 315

#510: お変わりない?

$
0
0
別れたカップル、夫または妻(今風にいえば“元カレ”“元カノ”)との再会はホロ苦いものに違いないが、ましてや、相手のことをまだ忘れられなかったりすると、何かと気になってしまうだろう。
その再会が偶然かつ突然だったりすると、話のきっかけすらつかめないことになってしまう。
だからといって、カレまたはカノジョを無視したり、見て見ぬふりもできない。


そうした状況を巧みに歌にしたのが“WHAT'S NEW”という曲である。

作曲したボブ・ハガートは、べース奏者で作編曲の才能もあり、ディキシーでよく演奏される“SOUTH RAMPART STREET PARADE”などという作品があるが、最も広く親しまれているのが“WHAT'S NEW”であろう。
ハガードは、ディキシーランド・ジャズをビッグ・バンドで演奏することで人気を博したボブ・クロスビー(大歌手ビング・クロスビーの実弟)のバンド<BOB CATS>で活躍した人である。

この曲は、1938年に同僚のトランペット奏者ビリー・バタフィールドのために書いた“I'M FREE”というタイトルの器楽曲であった。
その翌年、おそらくビング・クロスビーのためであろう、ジョニー・バークが歌詞をつけ“WHAT'S NEW”と改題した。
以後、多くの歌手、音楽家のフェイヴァリット・ソングとして愛されているスタンダード曲である。

“WHAT'S NEW”は、「どうしてる?」とか「お変わりない?」というニュアンスの日常の呼びかけ、挨拶である。

話が横道にそれるが、その昔、才人ウディ・アレンが脚本を書いて出演もした映画に<何かいいことないか子猫チャン>(1965)というのがあった。
クライヴ・ドナー監督の艶笑コメディで、ウディ・アレンのほか、ピーター・オトゥール、ピーター・セラーズ、ロミー・シュナイダー、キャプシーヌ、ウルスラ・アンドレス、フランソワーズ・アルディ、リチャード・バートンなど多彩な人が顔を出すなかなか賑やかな作品だったが、この映画の原題が“WHAT'S NEW, PUSSYCAT?”というものだった。
バート・バカラック&ハル・デヴィッドによる主題歌をトム・ジョーンズが歌ってヒットしたが、邦題はあまりに直訳に過ぎたように思う。
実際のところ、「どうしてる、カワイ子ちゃん」くらいのニュアンスであろう。

♪ ♪
ジョニー・バークの歌詞は、この曲が本来器楽曲として書かれたものとは思えないほどよくできている。
女(あるいは男)が男(あるいは女)と偶然出会った状況を想像してみてほしい。

 ♪ お変わりない? どうしているの?
   ちっとも変わらないのね
   今も素敵よ
   
   お変わりない? あのロマンスはどうしたの?
   あれからお会いしてないわね
   でも会えてよかった

   お変わりない?
   迷惑かもしれないけど 会えたのはうれしい

   やさしく手を取ってくれたけど
   わかってるの さようなら
   声をかけたりして ごめんなさい
   もちろん 知らないと思うけど
   わたしも 相変わらずよ
  (まだあなたを愛してるの)じゃあね…

女言葉で書いたのは女性歌手が歌うことが多いからだが、シナトラやサッチモも歌っているので、女の歌というわけではない。

元カレ、元カノに偶然出会ってしまったのである。
歳月が経っても、やはりどこか相手に「昔」を探してしまう。
時間は「あの頃」で止まっていて「過去」を生きているのだ。
別れ際にさりげなく「相変わらず」というのだが、最後の「今も愛している」という未練は心の中のつぶやきである。
「哀切」の語がふさわしい歌だ。

投げかける言葉がそのまま歌詞になっていて、いわば話し言葉の歌なのだ。
日常会話をそのまま歌詞にした歌は、最近の日本の歌にも見られるが、かつては日本の歌の常識にはなかったものだろう。
加えてこの歌は、韻も踏んでいて、詩の様式をも備えている。
歌詞の中に出てくる「さようなら」は“ADIEU”とフランス語で、“WHAT'S NEW”の“NEW”とかけているのだ。

♪ ♪ ♪
ヴォーカル、インストともに多彩なヴァージョンがあって、数も非常に多い。

70年代は、MLBのLAドジャースのスタジアム・ジャンパーにローラースケートを履いてロックしていたリンダ・ロンシュタットは、80年代に入ると突然スタンダード曲集を発表する(画像)。
それまでの彼女のイメージとはうって変って、ヴェルベットのような布地の上に、ピンクのパーティ・ドレスに身を包んだリンダお姉さんが横たわる。
<WHAT'S NEW?>というアルバム・タイトルに、やや見にくいが、彼女の手元には今ではレトロっぽさを感じさせるSONYのウォークマンが写っているし、名アレンジャー、ネルソン・リドルという文字が見える。
彼女は83年にこの歌をリバイバルヒットさせたが、この歌を含むスタンダード・アルバム三部作は、今日も続くポップス&ロック歌手のスタンダード・ナンバーの録音ブームの号砲となったのである。

  
名作二枚。
左は、言わずと知れたヘレン・メリルの名盤<HELEN MERRILL WITH CLIFFORD BROWN>で、日本で一番愛されている“WHAT'S NEW”である。
情感あふれる名唱だが、やや過剰な感情表現がちょっと気になる。
右は、ペギー・リーの<DREAM STREET>、この人何を歌ってもホント上手い。
ヘレンよりコントロールされた情感が沁みる。


男性歌手を一枚。
やはりフランク・シナトラの<FOR ONLY THE LONELY>におけるブルージーな演唱が心に残る。

  
インストだと、アート・ペッパー、ビル・エヴァンス、MJQな、J.J.ジョンソン、ベン・ウェブスター、デクスター・ゴードンらが素晴らしい録音を残していて、選択に迷うが二枚だけ挙げる。
左は、スタン・ゲッツの初期の作品<QUARTETS>。
彼はこの録音のあと麻薬事件を起こし服役、出所後スウェーデンに居を移し、北欧で活動、61年に帰国してからボサノヴァと出会い、ボサノヴァを世界中に広める役割を果たすことになる。
“WHAT'S NEW”(お変わりない?)といいながら、いろいろ「お変わり」があったテナー奏者である(笑)。
右は、絶対はずせないジョン・コルトレーンの<BALLADS>、バリバリブリブリ…とリスナーに忍耐と陶酔を与えるごちゃごちゃした演奏よりも、こうしたしみじみ語りかけるトレーンの方がいいね、やはり。

♪ ♪ ♪ ♪
この曲のように、「お変わりない?」と挨拶を交わす大人の元カップルもいる一方で、世の中にはこんなカップルもいそうである。

お互いに連れの値踏みですれ違う (蚤助)
お若いですな〜(笑)。

Viewing all articles
Browse latest Browse all 315

Trending Articles