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Channel: ただの蚤助「けやぐの広場」~「けやぐ」とは友だち、仲間、親友という意味あいの津軽ことばです
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$#440: 汲めども尽きぬ面白さ

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アドリブ奏者としてジャズ史にその名を残すミュージシャンは多い。
だが一方で、作編曲をよくし、グループのサウンドや表現に心を砕いたプレイヤーもいて、アート・ファーマー(1928‐1999)はそういうミュージシャンの一人であった。

ポール・デスモンド(as)と同じように、トランペット奏者ファーマーに失敗作はない。
その音色もデスモンドのように美しい。

その上、ファーマーのプレイは知的である。
高度なテクニックを駆使しながらも、常に易しく表現する。
彼のラッパは「易しさ」だけではなく、「優しさ」にも溢れている。
音色はふくよかで、心が和むモダン・ジャズというのを聴いてみたければ、彼の演奏に耳を傾けるとよい。

モダン・ジャズの世界では、テナーの雄だったコールマン・ホーキンスの逞しい男性的な音色に、スムーズで柔和なレスター・ヤングのフレイジングという組み合わせを理想とするホーン奏者が多かった中で、音色もフレイジングもレスター・ヤングのプレイを模範とするミュージシャンたちも多かった。
いわゆる“クール・サウンド”のプレイヤーの多くがそうだったし、50年代中頃までのマイルス・デイヴィスもそうだった。

ファーマーは、そんな若き日のマイルスがそのまま歳を取らずにスタイルを完成していったかのようなプレイをした。
モダン・トランペッターとしてマイルスにも比肩しうる安定性と成熟を兼ね備えていたが、マイルスとの決定的な違いは一定の枠内から決して破目をはずそうとせず、優等生的なプレイがともすれば「上手いけれどもスリルに乏しい」などという辛口の批評につながっていた。

ファーマーのアルバムの中で、彼の良さが最も現れたのが『MODERN ART』(1958)だと思う。
当時新人であったベニー・ゴルソン(ts)、ビル・エヴァンス(p)とともに、フレッシュな演奏というのはかくあるべしというみずみずしいプレイを展開している。
他のメンバーはベースにファーマーの双子の兄弟アディソン・ファーマー、ドラムスはデイヴ・ベイリー(ds)。
このメンバーのうちゴルソンとファーマーは、翌59年に「ジャズテット」というユニットを結成することになるのだが、このアルバムの全体のサウンドや演奏などの基本的コンセプトは「ジャズテット」の登場を早くも示唆している。
もっとも、ジャズテットはメンバーの移動が激しく、アレンジにも意外と新鮮味が乏しく必ずしも成功したグループとはいえない、と思うのであるが…(笑)。



 [A] 1. Mox Nix / 2. Fair Weather / 3. Darn That Dream / 4. The Touch Of Your Lips
 [B] 1. Jubilation / 2. Like Someone In Love / 3. I Love You / 4. Cold Breeze

特に、アルバム冒頭の『Mox Nix』はファーマーのオリジナルだが、冒頭飛び出すビル・エヴァンスのピアノが面白い。
ファンキーっぽくプレイしてくれと言われて、生真面目に弾き始めたものの、これがどうにもファンキーらしくならないのだ。
エヴァンスにしてみれば、ファンキーなピアノは自分のスタイルではないのでこれが精一杯だったということなのか、もとより自分のスタイルを決してはみ出すまいという意思表示なのかは分からないが、エヴァンスのピアノを愛する人ならばぜひ聴いていただきたい演奏である。

また、エンディング近くに聴かれるゴルソンのテナーとファーマーのトランペットのユニゾンのコーラスは実に美しい。
楽器は違っても音色が酷似しているのである。

ゴルソンは不思議なミュージシャンで、作編曲者として一流の存在であるが、テナー奏者としては、ファンキーなゴルソンとクールなゴルソンが目まぐるしく入れ替わる。
どんなフレーズを吹くかでホーキンスとヤングの音色を変幻自在に吹きわけているように聞こえてしまう。
彼のテナー・プレイを好むファンと嫌うファンがはっきりと分かれてしまう所以でもある。

ジャズテットではゴルソンのオリジナル曲が多くなるが、ここでは[A]‐2の一曲のみであり、上記のファーマーの曲を除けばあとは他のジャズ・ミュージシャンのオリジナルと、趣味の良いスタンダード歌曲ばかりである。
しかし、それらの楽曲の多くがあたかもゴルソンのオリジナルのようなサウンドになっているのが聴きどころで、その秘密はファーマーとゴルソンによって醸し出されるハーモニーにある。

ファーマーとゴルソンは2ホーン+3リズムというオーソドックスなフォーマットによる演奏と見せかけながら、主題部分にさりげない効果的な装飾を施し、即興演奏の部分はよくコントロールされたソロを展開することによって、これを通常のハード・バップの演奏とは一線を画す風格のある秀作にしている。
楽理にふりまわされることなくどの楽曲も楽しい演奏に終始しているのは、ふくよかなゴルソンのペンによるハーモニーとリフ等によるもので、汲めども尽きぬ面白さに満ちている。

ファーマーは一般的な人気を得たトランペット奏者とは言えないが、根強いファンを持つトランペッターの一人であったことは確かである。
クリフォード・ブラウンやクインシー・ジョーンズと共演したデビュー間もなくの録音でも好ましいプレイをしていたが、まったくこの人は若いころからすでに老成していたのであった。

以来、生涯を通じてクリーンヒットを放ち続けたが、もしかしたらすべての器楽奏者の中でアート・ファーマーこそ、最も過小評価されたミュージシャンであったのではないかと思ったりするのである。

♪♪♪♪♪♪
6月に入っていよいよ梅雨入りも間近です。
原発再開問題が取り沙汰されている折り、真夏の電力不足問題にも直結する今夏の天候が気になるところです。

「大ジョッキあっぱれ女夏を飲む」(蚤助)

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