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Channel: ただの蚤助「けやぐの広場」~「けやぐ」とは友だち、仲間、親友という意味あいの津軽ことばです
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#644: 水玉模様と月光

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1980年代の末頃に、どこかの国の何とかという宰相が水玉模様のネクタイばかり締めていて、そのファッション・センスの狭さを揶揄されていた。しかし、何事にも例外はあるもので、その一途さを称賛する人たちも一方にいたのも確かであった。
水玉模様といえば、草間彌生を連想する人もいるかもしれない。蚤助にとっては、どちらかといえば、かなりポップな「ゲージュツ」おばさまという印象ではあるのだが、水玉模様を基本モチーフにした多くの作品を世に問い続けている世界的なアーティストである。

その水玉模様は英語で“Polka Dot”というが、“Polka”とはもちろん「ポルカ」のことである。ボヘミア地方の民俗舞踏だ。
ボヘミアはチェコの中西部にあるポーランドと国境を接する地域で、かつては神聖ローマ帝国の皇帝を輩出したボヘミア王国があったところである。
牧畜が盛んで、この地方の乗馬用の服装が、西ヨーロッパでは芸術家気取りとか芸術家趣味と受け取られ、ひいては自由奔放なロマ(ジプシー)の生活などを意味する「ボヘミアン」(ボヘミア風)の語源になったのだそうである。
そのボヘミアの風俗をチェコの人々は「ポーランド風」と呼んだ。それがチェコ語で“Polka”、すなわち「ポルカ」で「ポーランド風の舞踊」という意味になる。
さらに、ボヘミアの染物には水玉模様が多用されていたので、チェコ語で「ポーランド風の点々」というのが“Polka Dot”の由来だ、ということになっている。

大雑把だけどよく調べました、エヘン!てなもんである(笑)。


で、ジョニー・バーク&ジミー・ヴァン・ヒューゼンの作品の続きである。冒頭、水玉模様を無理やり出してきたので、今回は“Polka Dots And Moonbeams”、つまり『水玉模様と月光』という曲である。
ヴァン・ヒューゼンは、バークと組んだときにはビング・クロスビーのヒット曲が多かったのだが、これは当時トミー・ドーシー楽団の専属歌手だったフランク・シナトラのために書いた曲である。何事にも例外はあるものだ、ホント。ちなみに50年代以降のシナトラのヒット曲はほとんどヴァン・ヒューゼンとサミー・カーンのコンビの作になる。

POLKA DOTS AND MOONBEAMS(1940)
(Words by Johnny Burke/Music by Jimmy Van Heusen)

<Verse>
Would you care to hear the strangest story?
At least it may be strange to you
If you saw it in a movie picture
You would say it couldn't be true

僕の一番奇妙なハナシを聞いてくれないか
どう考えてもおかしいと思うかもしれない
映画にそういうシーンがあったとしたら
そんなこと ありっこないって言うかもね

<Chorus>
A country dance was being held in a garden
I felt a bump and heard an "Oh, beg your pardon"
Suddenly I saw polka dots and moonbeams
All around a pug-nosed dream

The music started and was I the perplexed one
I held my breath and said "May I have the next one?"
In my frightened arms, polka dots and moonbeams
Sparkled on a pug-nosed dream...

庭で開かれていたダンスパーティー
誰かにぶつかったと思ったら 「あら、ごめんなさい」って声が聞こえたんだ
振り向くと 水玉模様のドレスと月の光
子犬のように鼻が上を向いた女の子だった

音楽が始まり 僕は戸惑っていたのかな
思い切って「次の曲、踊ってくれませんか?」と言った
震える僕の腕の中で 水玉模様のドレスと月の光
子犬のように鼻が上を向いた女の子がキラキラし始めたんだ...

月明かりというのは、不思議なもので、たいていのものを美化してしまう。女性であれば、誰でもまずまずの美女に見えてしまう。でも、何事にも例外というものはあるからね…。
月明かりは、女性が恋を打ち明けるには絶好の条件であるが、男性としては惑わされぬよう、心していなければならない。戸締り用心、火の用心、というのがこの曲の内容である…、というわけはないか。
この歌、初めて出会った女の子に一目惚れしてしまった男の独白である。すなわち“A boy meet a girl”の物語なのだ。

“country dance”という言葉がコーラスの一番最初に出てくるので、洋画によく出てくるガーデン・パーティーでの出会いであろう。何ともロマンチック、かつ古き良き時代をしのばせるナンバーである。シチュエーションとしては、月並みな恋物語なのだが、ヴァ―スにある“You would say it couldn't be true”(そんなことありっこないって君は言うだろうね)という一節が、主人公の素直な気持ちを表していてなかなか微笑ましい。

“pug-nosed”というのは「パグのような鼻をした」という意味だが、「パグ」という犬種をご存じか。中国原産のちょっとプルドッグに似て鼻が短い個性的なご面相の犬だ。ペットショップなどで対面してみてほしい。蚤助は可愛いと思うのだが…。少なくとも、この女の子は可愛い上向きのお鼻をしていたらしい。主人公にとっても、魅力的な鼻に見えたのだろう。
“dream”は、ここではもちろん「女の子」のことを指していると解すべきだろう。

♪ ♪
で、この二人、その後どうなったか。

There were questions in the eyes of other dancers
As we floated over the floor...

周りで踊る連中は 物問いたげな目で見ていたけれど
僕たちは床を滑るように踊っていた
みんなのそんな目をよそに 僕はすべての答えを知っていた
多分 それ以上のことまでも

だから今 リラの花と笑い声に満ちた小さな家で
“ever after”という言葉の意味を噛みしめている
これからも 子犬のように上向きの可愛い鼻にキスするたびに
水玉模様のドレスと月の光の輝きが甦るだろう...
ポイントは“ever after”という言葉だ。「それからずっと幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」という昔話や物語のおしまいにいう決まり文句である。
このジョニー・バークの書いた歌詞、何というか、実に愛らしいですな。

♪ ♪ ♪
ジャズの世界でも人気のある曲なので、名唱・名演がたくさんある。

40年代にトミー・ドーシー楽団とグレン・ミラー楽団のものが人気を競った。この曲を捧げられたシナトラはドーシー楽団の伴奏で40年3月に録音しヒットさせた。一方、ミラー楽団の方はレイ・エバールの歌をフィーチャーして対抗した。以前にもふれたことがあるが、自分のために書かれた曲をライバルが歌って喧嘩にならないというのは、アメリカのショウ・ビズ界の懐の深さと、逆に、それだけ競争の激しさを象徴しているようなハナシだ。
シナトラの歌は、後年、再録音したものが断然いい。


61年の“I Remember Tommy...”というアルバムからだが、若き日のシナトラが3年弱、専属歌手として在籍したドーシー楽団のボスに捧げたもの。シナトラは同楽団で多くのことを学んだ。「センチメンタル紳士」と呼ばれたトミー・ドーシーの奏でるロマンチックなトロンボーンの音色は、シナトラに大きな影響を与え、その歌唱の基盤になっている。アレンジと指揮はサイ・オリヴァー。シナトラの語り口、ムード、説得力、表現力、どれも余人が及ばないところにある。ここではかのヴァ―スは省略されている。何事にも例外はあるものなのだ、ウン。


ウェス・モンゴメリーの名盤“The Incredible Jazz Guitar”(60)から。彼のプレイはオクターヴ奏法で有名だが、実のところ、シングル・トーン奏法やコード奏法を組み合わせてダイナミックに展開するのが特徴なのだ。ピックを使わず、親指だけで爪弾く独特のギター・サウンドの魅力がいかんなく発揮されている。トミー・フラナガン+パーシー&アルバートのヒース兄弟からなる伴奏陣も申し分なし。月の光の下で聴くには、やはりこれだろう。一家に一枚常備ということでお願いしたい(笑)。


そのものずばり“Moon Beams”というビル・エヴァンスのアルバム(62)から。「月の光」を最も感じさせる作品かもしれない。ベーシストの盟友スコット・ラファロを交通事故で失ったばかりのエヴァンスがそのショックから一時期ピアノに向かうことすらできなくなった最悪期。そこから這い上がってきて録音したもの。ラファロの後任チャック・イスラエルは、ラファロに比べ寡黙で控え目だが、それがかえってエヴァンスのリリシズムをよりくっきりさせることにつながっている。繊細なドラムスはポール・モチアン。エヴァンスがラファロに捧げた鎮魂歌である。

♪ ♪ ♪ ♪
とにかく何にでも例外はあるものなのだ。例外の中にすら例外はある(笑)。

例外を認めて事態山を越し  蚤助


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